不敵で純粋
ひんやりとした空気が喉を通る感覚
はぁ、と肺から送り返される温かい空気が口から吐き出されてはとても細かい氷となって白くなる
「寒い…」
倉庫に物を取りに来たのだが、少しの時間だと思ってコートを着てこなかったのはマズかったかもしれない。
「早く終わらせてしまおう」
ぎゅっと自分の体を縮めて、私は目的の倉庫へと足早に向かった。
いくつか建ち並ぶ倉庫の間を軍靴の音が乱れながら反射してくるのだが、
今日の冷えた空気のせいなのかいつもより音がよく響くような気がする。
反響する音の中、ようやく倉庫にたどり着いて目当ての物を見つける事ができた。
そう重くもないが、軽く持てるような物でもなく、箱に詰められているそれを抱えて立ち上がる。
「ん、じゃないか」
「!」
振り返ると倉庫の入り口から差し込む外の明るさに一瞬目が眩んでしまった。
でも声ですぐわかる。
「たい…ロイ」
「私もここに用事があってな。
…あぁ、ちょうど良かった。私が探していたのは君が持っているそれだ」
こちらに近づいてきていたロイが箱の中の物を一つ、ひょいと持ち上げる。
「えっ、そうなの?」
「あぁ。探す手間が省けたよ。ありがとう」
「いえいえ、どう致しまし…
て、が続かなかった。
今、音はなかったが擬音に例えるならば「ぴりっ」という痛み、とっさに私は口元を抑えてしまった。
私の手という支えを失った箱がごとりと鈍く音を立てて落ちる
「…あっ」
「?どうした、何か…」
「唇が…割れちゃった」
幸い箱の中身は割れ物ではないので、箱の角が少し潰れてしまった程度で済んだようだが、
自分の口元からひりひりと脳に伝わる痛みに私は少し顔をしかめる。
「見せてみろ」
口元を抑えていた手を少し強引に外されてロイの顔が近づいた。
途端に上昇する頬の温度に加え、あまりの近さにロイの顔が見られない。
「い、いいよ、大丈夫!これくらい舐めておけば平気!」
自分の舌でその箇所を探り、ぱっくり割れてしまった場所をぺろりと舐めておいた。
微かに感じる血のにおい。あまり好きではない。
まだ血が出ているか見てもらおうかな、なんて逸らしていた視線をちょっとだけロイに戻そうとした時―――
気づいた時には、自分の唇からロイの体温だけを感じていて、
ロイが放り出した目的の物が、視野の端でスローモーションのようにゆっくりと落ちていくような感覚。
カーーーーーン
地面に叩きつけられて響いた甲高い音を合図に時間の流れが一気に戻り、
ロイが私の唇の割れた部分をぺろと舐めて離れていった。
「えっ、…な…に」
「全く…
我慢できなかったではないか。
伏目がちに視線逸らして唇舐めるなんて…」
「!?」
さっきの咄嗟の行動が逆効果だったと言うのか。
かぁっと先程よりも頬の温度が高くなっていく。
「ふ…良い表情(かお)だったよ、」
「〜〜〜っ!!」
倉庫の鍵をロイに押し付けて、ロイの落とした物を拾って乱暴に箱にしまい、箱を抱えて倉庫を飛び出した。
いつもこう。私の事をからかうのがロイは好き。
ああやってあの不敵な笑みを浮かべて、私が何を言い返そうとも最後はロイに丸め込まれてしまう。
「…」
でもそうやって構ってくれるのが心の底では嬉しくてたまらない。
あの表情も……好きなんだ。
少し上がってきた息に合わせて吐く息が白くなっては空気中に溶けていく。
寒いながらも晴れた空に、私は大きく息を吐いた。
倉庫に残されたロイが、何でもお見通しのように不敵でも何でもなく、
ただ純粋に笑みを浮かべたのを私は知る由もない。
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2010.04.29
唇が割れてしまったけれど、少し得した
後日。
「ふふふ…リップクリームを買ってきました!」
「ほほう」
蓋を開けると果物の香りが仄かに漂い、それを自分の少し乾燥した唇に薄く塗ってみる。
「ふふふ…これでもう唇が割れる事はないし、匂いも良くて一石二鳥」
「一石二鳥、ねぇ」
匂いはどんな感じなのかと、再びロイに唇を奪われるまであと5秒。