日差しが徐々にあたたかみを増してくる。
その日差しを受けて花や緑も生き生きとし、
遠い空へ向かって自分を存分に伸ばし始めていた。
手をのばしてごらんと優しく
「大佐。睡眠はご遠慮願います」
「っ!ちゅ、中尉…!」
春眠暁を覚えず。
一瞬で覚醒した意識の中を、その言葉が横切った。
背中に当たる日差しが心地良いこの季節の居眠り。
鉛弾が飛んでこなくて本当に良かったと思う。
「春だから眠いといって仕事の量が減る訳では無いのですから、しっかりこなして貰わないと困ります」
「わ、わかっている」
追加の書類を私のデスクに置いた中尉が窓の外に目を向けた時。
彼女の目が少し優しくなったのは気の所為では無いだろう。
こんこん
控えめなノックの後に続いたのは、耳障りが良く、愛おしい者の声だった。
「です」
「入れ」
入ってきたの手には書類の束。
どうやら彼女も容赦してくれないようである。
「ロイ、居眠りしてたでしょ」
「ぐっ…な、何故それを…」
「え。ホントに寝てたの?」
一瞬部屋の空気が固まる。
私は彼女に対してにこりと微笑み、静かに席を立った。
「うっ…あー…ええとー…ぶ、ブラハにご飯あげてきます!」
逃げたな。まあ良い。
触れようと思えば、いつだって触れられるのだから。
私が口の端をつり上げると、斜め後ろに居るであろう中尉から溜息が微かに聞こえた。
芝生に寝転ぶの隣では、ブラックハヤテ号が美味しそうにエサを頬張っていた。
風が吹く度、芝生や木々がさわさわと音を奏でる。
「まさか本当に寝てたなんて思わなかったんだよ…
ただ、春は眠くなるって言うし、私がそうのようにロイもそうなのかな、って…」
「聞いてる?」と問い掛けても、問い掛けられた方はエサに夢中で聞いていないようだ。
はそれに微苦笑し、再び空へ視線を戻してから瞳を閉じた。
春は花が沢山咲き始めて緑も増える。
日差しが気持ちよくて眠くもなる。
それでもどこか…
「…春っぽくない」
呟いた言葉は風に流され空に消えた。
そっと追いかけた先で聞いてしまった。
どうして彼女はそう思うのだろう。
春だと感じる要素は沢山ある筈なのに、どこか彼女は淋しさを含んだ言葉を零している。
辿り着けない答を求めてに近づくと、彼女は眼を閉じていた。
自分の唇に人差し指を当て、静かにするようブラックハヤテ号に合図する。
「…」
「ん…」
はっきりとした返事ではないあたり、どうやら夢の中へ入りかけているようだった。
「君の感じている春に…何が足りない?」
「さ…くら」
少しの間の後、彼女の口から紡がれた言葉。単語。
「サクラ?」
「ファルマン!」
「は、はい!何でしょう、大佐」
「『サクラ』…と言う物を知っているか?」
ファルマンは少し考える仕草をし、思い当たったのか笑顔を見せた。
資料室に少し古いが写真が残っていると言うので、廊下を進む間、まず言葉で説明を貰う。
「バラ科サクラ属の落葉高木、または低木の一部の総称です。
恐らく国内では見る事はできないでしょうね…確か極東の国に多く生える木です」
「バラ科…という事は花が咲くのか?」
資料室に着いた私に、ファルマンが1冊の本を開いて渡してきた。
「ええ、こんな風に。写真は白黒ですが、春に白色・淡紅色から濃紅色の花を咲かせます。
これはまだ五分咲きなので、満開になるともっと凄いんでしょうね」
白黒の写真には、『サクラ』の傍に男が1人佇んでいたので、
丁度比較のようになって木がどれほど大きいかがよくわかった。
「ファルマン。恩に着る」
「いえ、お役に立てて良かったです。あ、それと…」
私はその本を片手に、資料室を後にした。
そして、まだ眠って居るであろう彼女の元へ歩みを向けた。
の淋しげな言葉の答。
桜を見ない春は無かったのだと。
そんなが、桜の無い春に物足りなさを感じるのも当たり前の話。
命持つ桜を作る事は出来ない。
命を創る事は錬金術の禁忌…だから命の器を少しだけ変化させてやる。
眠る彼女の傍にあるただの木。
その根元で私は静かに錬成陣を描き、手をついた。
錬成反応で気が付いたのか、がうっすらと眼を開けた。
瞼の下から覗いた黒い瞳に薄紅色が映り込む。
「桜…きれい…」
ひらひらと舞い散る桜の花びらが、彼女の髪に、手に、体に落ちていく。
立ち上がった私が未だ横になっているへと手を差し出すと、彼女は綺麗に微笑んで私の手を取った。
ぐいと引いて立たせ、腕に閉じ込めてやった。
「…この桜、ロイが?」
「ああ、君が呟いていたのを聞いたんだ…
同じ季節を同じ感覚で君と過ごしたいからな」
の細い指が私の軍服を軽く握りしめたのを感じたと思ったら、
顔を上げたは頬を染めていて、はにかんだように微笑んだ。
その笑顔が堪らなく愛おしく感じる。
啄むようなキスを彼女に贈った。
『桜は散る時が一番美しい』
そう言ったファルマンの言葉は確かだった
だが
花びらが私の目前を過ぎる度
彼女を隠してしまう
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2005.04.13
この辺はまだ桜が咲いてません;
この2人、お仕事いいんですかねぇ…(笑)
ギャグっぽいおまけを書いてみました。
此処までの雰囲気ぶち壊しですよ…お気を付け下さい。
こちらから。
2人で幹に寄り掛かりながら、頭上の桜を眺めていた。
こういう時間が私はとても幸せだと思う。
「あたしね…一度桜の根本を掘ってみたいんだ」
「何でだい?」
「桜の木の下には、死体が埋まってるって言うからねー」
この雰囲気にそぐわない言葉に、私は『幸せ』という笑顔を硬くした。
「し…死体…こ、こんな綺麗な花なのに…」
「綺麗だからだよ。死体の血を吸って花の色を濃くし、妖艶になる」
「血…」
もはや私は乾いた笑いしか出せず、どこか遠くを見つめる事しか出来ない。
「まあ只の迷信だけどね……ロイ?」
の言葉も、私には届いていない。