紅が強く芳しく香り


網膜を染め上げる

















眼球の奥深くで芽吹いたものが















ふわりと香る甘さが部屋の中を漂い、窓を開ければソレは外へ外へと逃げていく。
つい先程オーブンから取り出した物の熱も粗方冷め、
それに粉砂糖をふるえば、さらさらと舞い落ちて雪の様に白く積もった。

「出来た…」

ガトーショコラ。
は我ながら良い出来だ、と微笑んだ。
日本では女性がチョコレートあげるのだが、この国はどうなっているのかよくわからなかった。
しかし元の世界でも日本みたいな国は他に無かった。
だからロイはきっと驚いてくれるとは思っているのだが、肝心のロイがまだ帰って来ていない。
テーブルの上にぽつりと乗ったガトーショコラに、は小さく溜息を吐いた。



珍しくロイが定時で上がれたのでは一緒に帰れると思っていた…
そんなを余所に「私用があるから先に帰っていてくれ」と言い残し、車で何処かへ行ってしまった。
残されたはとぼとぼと家路に着き、折角だからとお菓子を作って今に至る。

「どこ行ったのよ…ロイは…」




がちゃ




「!」

ドアの開く音に顔を上げ、玄関へ向かおうとした。
しかし廊下へ通じる扉に手を掛ける直前に向こう側から開き、の眸の奥が紅く染まる。

「っ!?」
「っと、失礼しますよー」

紅の向こうに見えたのは見慣れた金色の髪と銀の髪。
よく見る顔だ。

「ハボック少尉とファルマン准尉!?」
「どうもこんばんは」
「まあまあはそこに座ってて」

2人は、紅い薔薇の大きな花束を片手にを近くのソファーへ座る様促し、
花束をソファーの横に置いて部屋から出て行った。
程なくして、再び2人が花束を持って戻って来ては置いていく。

その動作を数えるのも面倒なほど繰り返し、の周りは薔薇でいっぱいに。
最後にハボックがひとつの封筒を取り出してソファーに座るへと渡した。

「俺達が出て行ってから開けてくれ」
「え?い、一体…」
「では、また明日」
「ちょっ…2人とも!」

の声もお構いなしに、ハボックとファルマンは家から出て行ってしまう。
扉の閉まる音を聞いては封を切った。
入っているのはカードが1枚、からは裏面が見えている。
ゆっくり抜き取って表に返すと、綺麗な字で一言だけ書かれていた。









From someone who loves you.










「『あなたを
「愛している者より』」

突然の声に振り返ると、ドアに凭れてロイが立っていた。
柔らかな笑みを浮かべて。

「もしかして…私用って言うのは…」

ロイは返事をする訳でもなく只少しだけ笑みを濃くした。
棘の取られた薔薇の中を進んで、ロイはの隣へ腰を降ろした。
ロイの動きにあわせて薔薇の香りが舞い上がる。

「ハボック少尉とファルマン准尉が可哀想…」
「いいや、あいつらが進んで手伝ってくれたのさ」

薔薇を一輪摘んでくるくると弄りだしたロイに、は苦笑いを返すしかない。

「でもありがとう。こんなに沢山の花を貰うなんて初めてだよ」
「私からのバレンタインデーはお気に召して頂けましたかな?」

がにこりと笑う。
ロイは弄っていた薔薇の茎を折って短くし、の髪へ差し込んだ。
耳元に咲いた薔薇がの黒い髪に良く映える。

「似合うよ」
「あ、あたしは薔薇って柄じゃないよ…」
「でも似合う」
「……ありがと」

困った様に笑いながらは頬を染めた。
折角焼いたガトーショコラだったが、お目当ての人の口に入るのはもう少し後になりそうだ。



2つの感情が入り混じるを腕に閉じ込める。

「愛しているよ」
「…はい」

ロイはの耳元に咲く薔薇に軽く口付けを落とし、続けて彼女の唇へも口付けを落とした。
啄む様だったキスも、次第に深くなっていく。

「っ…はぁっ…、んぅ…」

部屋の中に聞こえるのは、微かな水音と彼女から零れる吐息だけ。
甘く芳しく、全てに酔ってしまう。










それは、ふわりと強く香る薔薇の所為か。


はたまた、愛しい人との口付けの所為か。










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2004.2.14

私はただ酔い痴れる