そこのお嬢さん。
おひとつ勝負をして頂けませんか?
東方司令部の中庭。
あたしは此処から現れたとロイから聞かされた。
何気なくそこへと歩みを進めると、草むらががさりと音をたてて動いた。
結構驚いてしまったあたしは、肩をびくりとさせ、地面にへたり込んでしまった。
その草むらから勢いよく出てきたのは、黒くて小さくてすばしっこい何か。
「わん!」
飛び出してきた張本人は一声吠えた。
まろ眉…それはまさしくアレのもの。
「ブラックハヤテ号…?」
「わん!」
返事をするかのようにまた一声吠えたブラックハヤテ号はあたしの足にすり寄って来る。
ひょいっと抱き上げて腕の中に納めると、ブラハ(長いから略しちゃうよ!by)は
あたしの頬をぺろりと舐めて、腕から抜け出してしまった。
地面へと降りたブラハは、あたしの顔をあの潤んだ瞳で見つめている。
「か、可愛すぎるー!」
再び抱きたい衝動に駆られ、捕まえようと手を伸ばすと、ブラハはその手をかわして逃げ出す。
そして、ちょっと手の届かない所へ来ると、またこちらを見つめてくる。
どうやら遊びたいらしく、あたしはそんなブラハの可愛いお誘いに笑みが零れた。
未だこちらを見つめるブラハに向かって、あたしは駆け出した。
「はぁ…はぁ…疲れたーっ」
あれから結構な時間走り回ったあたしは、へとへとになって芝生の上に寝転んだ。
小さくてすばしっこい為、あとちょっとという所で逃げてしまって、結局捕まえる事が出来なかった。
おかげであたしは息も絶え絶えにギブアップである。
そんなあたしを見て心配したのか、ブラハは近付いて来て寝転んでいるあたしの顔を舐めた。
そんなブラハの頭を優しく撫でる。
「ちょっと休まない?」
言っている事がわかったのか、ブラハはおすわりをした。
「ありがと」
体を起こして木の幹へ預ける。
走った所為で火照った顔を、風が冷やしてくれて涼しい。
隣にはいつの間にか伏せて目を閉じているブラハ。
つられてあたしも眠くなってきそうだ。
このまま眠ってしまおうかと目を閉じかけた時、後ろから声が掛かった。
「そこのお嬢さん」
「ふぇ?」
後ろを振り向くと、そこにはおじいさんの姿。
そのおじいさんは、軍服を着ているので軍人というのはわかる。
驚くばかりのあたしに、にっこりと笑いかけて言った。
「お相手、してくれんかの?」
そう言って取り出した物は…・
執務室では、ロイが書類にまみれ、山の隙間からリザを覗いていた。
「は何処へ行った?」
「先程中庭へ行くのを見ましたが」
がたりと椅子が音を立て、書類が数枚床へと落ちる。
それと同時に、ロイが過去何度も耳にし、身を持って恐ろしさを知っている音も鳴った。
目の前には、愛銃を構えているリザ。
「どちらへ?」
「はは…いや」
引きつった笑顔を浮かべるロイとは反対に、リザは如何にも自然体ににっこりと微笑んでいた。
「これで…」
「あー…また負けた!」
この人は東方司令部の将軍…漫画でロイとチェスしてたのを覚えてる。
そんな人と今チェスしてます。
あの時取り出したのはチェス盤で、あたしと将軍は中庭でチェスをすることになりました。
「ちゃん強いね」
「お褒めいただき光栄です。でも将軍もなかなか強いですよ。気を抜いたら負けちゃいそう…」
「えーと、ちゃんの4勝0敗っと」
将軍は手帳に書き記した。
「また相手してくれるかの?」
「もちろんです。あ、このチェス盤借りちゃ駄目ですか?」
「かまわんよ。チェスの相手はマスタング君か君ぐらいなもんだからのう」
笑いながら中庭を去る将軍を、あたしはお礼を言いながら見送った。
さて、どうしたものか。
この東方司令部で、チェスの出来そうな人があまり居ないことに気付いてしまった。
ブレダ少尉とかファルマン准尉は将棋派だろう。
ホークアイ中尉やハボック少尉やフュリー曹長はあまりこういうのはしなさそうである。
となると、やっぱり相手はロイ。
しかし、当の本人が職務に追われて居るらしく、朝から執務室に籠もりっきり。
「はぁ…誰か居ないかなぁ」
溜息を吐きながらチェス盤片手に廊下を歩いていると、突然後ろから抱きつかれてしまった。
「ひゃぁっ!」
「おっと」
その声はロイ。
というか、抱きついてくる時点でロイしかあり得ないと言うか。
驚かせるな、と目で訴えても、本人は笑って謝るだけで離してくれない。
でも本当は嬉しくて、すごくドキドキしたりもする。
漫画見てすごく好きになって、本当なら絶対会えないのに、彼は今あたしの目の前に居る。
好きにならない方が変だと思う。
「おや、それは…」
「へっ?あ、これ?将軍から借りたの」
考え込んでたら変な声出しちゃった…
「将軍と勝負したのか?」
「うん、将軍って強いよね。ロイ、あたしと勝負しない?」
「受けて立とう」
ロイはにやりと笑って言った。
じゃあすぐやろう、とロイはあたしを休憩室へぐいぐい引っ張って行った。
仕事はどうしたのかと訪ねても黙秘している所を見ると、まだ終わっていないようだ。
「中尉に怒られるよ?」
「休憩も無しでは身が持たん」
休憩室にはいつものメンバーが既に居て、各々のんびりとしている。
「あ、大佐とじゃないスか」
「ちゃんの持ってるのって…チェス盤?」
ロイはソファーにどっかり座って、やる気満々である。
駒をテキパキ並べ、準備完了。
と思ったら、ロイはある提案をしてきた。
「単に勝負をしただけではつまらん。何か賭けないか?」
「うーん…良いよ」
「では、私が勝った時は…そうだな…明日はミニスカで過ごして貰おう!」
男性陣が声を上げている。
「…わかった」
男性陣の声が一際大きくなった。
特にミニスカが嫌というワケでもないし、それにミニスカの下にスパッツを穿いちゃ駄目とも言っていない。
「じゃあ、あたしが勝ったら…仕事、ちゃんとしてよ。
みんな残業とか可哀想だし。特にホークアイ中尉は大変そうだし」
「ぐっ…良いだろう」
周りの人にとってはどちらが勝っても美味しい一戦のようだ。
まぁ、負ける気はサラサラ無いけど。
賭けの商品も決まった所で試合開始となった。
ポーンがあそこまで行くでしょ。
ロイがビショップ狙って来るだろうから、あのポーンの隣にルークを持っていっておいて…
「あ、の取られたぞ」
あのナイトは捨てて、代わりにこっちのビショップをあそこで止めておくでしょ…
「あ、またちゃんの取られたぜ」
それでクイーンは隣に残して…
「あ、またまたですね」
「みんな五月蠅いっ!もうちょっと静かにしててよ!」
「、負けそうだからってそう怒るな」
笑顔で言うロイに、あたしはニッコリ笑って駒を動かした。
「ロイ…チェックメイト」
「そうかそうかチェックメイトか。…ってチェックメイト!?」
ロイは盤上を穴が開きそうな勢いで覗き込んだ。
盤上の白いキング…ロイのキングは数本の黒い駒によって、もう逃げ道が無かった。
気付かれないようキングを追い詰める。それがチェス。
「…将軍の事強いって言っていたではないか…」
「本当にそう思ったから。でも負けたとは言ってないよ」
「く…騙されたっ!」
騙してない騙してない。
項垂れるロイにハボック少尉が近寄って、肩に手を置いた。
励ましてあげるハボック少尉って良い人…と思ったら。
「大佐…ミニスカはみんなすごく残念っス。でも仕事、して下さい。残業ヤなんで」
「おまえら…」
やっぱりみんなにとってはどちらも美味しい試合だったようです。
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ちゃんとブラハ。
将軍とちゃん。
リザとロイ。
ロイとちゃん。
それぞれのたわむれ(?)でした!