消えるってなに?

存在を消す、ってこと?



存在を消すってなに?

死ぬ、ってこと?














朝の青い空は嘘のように灰色の雲が押し寄せて、遠くからは雷の音さえも聞こえていた。

「今日は降るな、こりゃ」

エドワードは空を仰ぎそう言った。
玄関に立ったアルフォンスは、ベルの小さな鐘を鳴らし、ドアを開けて中を覗いた。

「こんにちわー。タッカーさん、今日もよろしくおねがいします」

家の中は電気も点いておらず、厚い雲の所為で太陽の光が弱い今、そこは薄暗い夕方のようだった。

「あれ?」
「誰もいないのかな」
「タッカーさーん」
「ニーナ?」

エドワードとアルフォンスは廊下を進み、家の主とその娘の姿を探す。
すると廊下に面した部屋の扉が半分開いており、その部屋にタッカーが片膝をついて座っていた。
何かに向き合っているようだ。

「なんだ、いるじゃないか」
「あぁ、君たちか」

エドワードが閉まっていた半分の扉を開けると、扉の所為で影になっていた部分が薄い光に照らされた。




「見てくれ…完成品だ」










人語を理解する合成獣だよ――――――















ただ無気力で、何もする気が起きなかった。
朝からずっとソファーに座って天井を仰ぎ、考えている。
見える天井はもとより、窓の外の刻一刻と変わる景色、蛇口から落ちる雫の音、
それら全ての情報は脳に入っても処理されずにいた。
周りの状況なんてどうでもよかった。





存在を消す = 死 ?

想いが伝えられないのがこんなにもつらい。
この想いを抱えたまま生きるのなら。
自分がこの世界の危険因子なら。

しかし、意外に冷静に考えてはいても、自分の存在を自分で否定した事と、
想いの伝えられない息苦しさに涙が出た。

嗚咽も漏らさず、ただただ涙を…







その時、この場の雰囲気に不釣り合いな音が鳴り始めた。
それはあたしにとってこの世界に来る前は毎日のように鳴っていた音楽。
出所はポケットの中、携帯だ。
『受信メール…1通』と表示されているディスプレイ。

「っ!?」

使えないはずの携帯にメールがきて、しかも送信者のアドレスが自分のものと同じなのだ。
元の世界では希に自分のアドレスでチェーンメールが来る事があった。
しかし、明らかにチェーンメールと言えないその不信なメールを
恐る恐る開いてみると、短いメッセージが目に入る。


『件名:なし
 本文:あなたは知っている筈だ。夢は標に過ぎない。真実は自分の中にあるのを忘れるな』


あたしが何を知っているっていうの?
あの夢は標って何?
真実はあたしの中ってどういうこと?




この感覚には覚えがあった。
まさにそれはあの夢の…




じりりり




電話。
鳴った電話は軍の…ロイからだ。






「もしもし」

驚くほど普通に声が出た。
さっきまで泣いていて、しかもメールの所為で動揺していたのにだ。
未だ頬は涙で濡れているが電話の相手に分かるはずがなく、
都合の良い自分の体に苦笑いした。

「あぁ、。すまないが、今日は遅くなりそうなんだ。それで…」
「あ…夕食?じゃあ冷蔵庫にでも入れておくけど…夜食にでもたべ」
「違う」

あたしの言葉を遮った威圧あるロイの声に、あたしの心は跳ねた。

「雨だ」

その言葉に窓の外を見ると、雨が降っている。
それに気付かぬほど自分の思考に沈んでいたのだ。

「なるべく早く帰る」
「大丈夫。あたしは大丈夫だから…仕事頑張って」
「しかしっ」

あのメールには『夢は標に過ぎない』と書かれていた。
すなわち、あの夢はあたしがこの世界に来た理由を知る為のもの。
理由…真実を知る為にその夢は避けて通れぬものだと感じた。
理由もわからずここへ来たあたしにとって、唯一の手がかりらしい。

「あいつに…会わなきゃいけないの…あたしがここに存在する理由を…知らなきゃ」
「…わかった。
 しかし私が帰った時、君が魘されているようならすぐに起こす。良いな?」
「うん…」

その後一言二言言葉を交わしてから電話を切った。
ロイの優しさに涙が溢れて止まらない。
ロイには心配かけてばっかだね。





今夜、あたしは夢で自分の真実を知る。
そして明日、あたしはここを出て行く。






どこか綺麗な場所を選んで、そこで消えよう。








ごめんね、ロイ。
あたしの最期の我儘なんだ。









この想いは届かないんだもの。
この想いは届けられないんだもの。











だからあなたへの想いを閉じこめたまま、消えるの。











 

本当は死ぬの怖いんです。
自分の存在を否定する事がどんなに怖くて哀しくて事だろうと、
みんなのため、自分のため、そしてロイのために死のうと決めたんです。