初めて聞く音に疑問を持ちながら、そっと部屋の中に入る。
そして彼女から発せられたのは異国の言葉だった。
今の前に出て行く事が得策でないことを瞬時に感じ取った2人は、
からは死角になっている場所へと移動する。
ベッドの周りを半分程覆っているカーテンに、
窓からの光によって作られたの影が薄くぼんやりと映し出されていた。
(一体誰と喋ってるんだ?しかも何語?)
(…! 電話だ)
(でも電話は其処にあるけど)
エドワードの言う通り、医務室に備え付けの電話は2人からも見える所に置いてある。
ロイはエドワードに、携帯電話の事を話すと信じられないといった顔をした。
(の国は機械が発達しているらしい。今喋っているのもの国の言葉だろう)
(そんな国聞いたことないぜ?)
確かにそんな国など存在しない。
この世界には、だ。
これを自分が言うわけにはいかない、これはが言うか言わないか決める事。
そう考えていたロイは何も言わず俯いた。
『ぅ…ああっ!いやあぁぁぁ!』
ぽつりぽつりと何かを喋っていたが突然悲鳴をあげた。
流石に何事かとロイはカーテンを開ける。
しかしはそれに気付いていないのか、頭を抱えて俯いている。
荒く呼吸をしながらも言葉を紡ぐに手を伸ばした瞬間、
『っ!五月蠅いっ!』
ロイとエドワードには理解出来ない言語で声を荒げ、手に持っていた携帯を壁へと投げつけた。
2人から見ればただの薄い箱のそれは、壁にぶつかって無惨な姿へと変わった。
雨の日に夢を見たのも、あたしが人体錬成を犯した時に雨が降っていたから。
この世界に来て目が覚めたあたしが、ロイにどうやって入ったのかと聞かれた時、
錬金術という単語に引っかかっていたのも人体錬成を犯したから。
スカーが『作った』と言ったのは、あの腕が赤く光ってニーナ達を合成獣だと教えたように、
角でぶつかった時にスカーはあたしの体について知ったんだ。
それに血を吐いたのは体が馴染んでなかった所為。
頭の中でこの位大丈夫だってわかってたのは、あたしの中の閉ざされた真実がそう言ってたんだ。
今までバラバラだった糸。
全部繋がった。
繋がってしまった。
「…?」
「っ!?」
誰も居ないはずの部屋からの声に驚いてその方向を見ると、ロイとエドワードが居た。
まさか今の会話を聞かれたのだろうか。
「今の…聞いて…」
「いや…何を言っているのかわからなかったよ。我々の使っている言葉ではなかった」
は無意識に日本語を喋っていたらしい。
ロイの言葉にどこかホッと心を撫で下ろす自分が居て、そんな自分がは憎くて仕方なかった。
ロイには本当の事を言うべきなのだろう。そしてエドワードとアルフォンスにも。
きっと3人は自分を軽蔑するだろう。
こんなにも醜い自分を。
迷っているに、ロイが口を開いた。
「…君は死ぬ為にスカーの前に出たのか?」
「…違う」
「が死なせて、って言うのをオレ聞いちゃったんだ。だから…」
あの時心の中で叫んだ筈の言葉は声に出てしまったらしく、は咄嗟に口を押さえる。
は一度口を結んで、それから話し始めた。
「あそこに行った本来の目的は違う…
でもスカーに手を掛けられた時、ここで殺されても良いって思った。
人に自分の死を委ねるのが卑怯なことだってわかってたのに…
ここで死ねたら楽だろうなって思ったの…」
「何故死ぬ必要がある」
「大切な人、大好きな人達を守る為…かな」
は2人を見て、精一杯微笑んだ。
2人から見れば、それは哀しい笑顔に見えただろう。
「っ…守りたいのなら何で死のうとするんだよ」
「鋼のの言う通りだ。死んでしまったら守れるものも守れない」
2人の意見は確かに合っている。
でもの言う『守る』はそう言う意味ではなかった。
「あたしの『守る』はね、あたしが生きていては意味がないの。
あたしが居なくなって初めて『守る』が成立する。
これが一番確かな方法なのよ」
「何だよそれ…」
は思った。
どうせ死ぬのなら、エドワードとアルフォンスに話した方が良いのかもしれない。
そしてロイにも。
「ロイ…アルを連れてきてほしいの」
「アルフォンスを?」
「あたしの中の真実をこれから話すから…」
ロイが驚きに目を瞠った。
「エド、アル…あたしね、この世界の人間じゃないの」
「「え?」」
2人は何を言っているんだという顔で、明らかに困惑していた。
心配そうにこちらを見るロイに微笑んで、また2人を見た。
「ロイが司令部の中庭に倒れていたあたしを助けてくれて…
自分の居た世界とはかけ離れた世界に飛ばされて、何がなんだかわからなかった」
「のいた世界って…」
「そうだなぁ。パラレルワールド…つまり、平行世界っていうのかな?
そして更に、大体100年後くらいの世界…だと思う。
錬金術はないけれど、機械の発達で不便はしないし。
他の国の人からは平和ボケしてるって言われるくらい平和な国」
「100年後なんて…想像出来ねぇ」
「ボクも…」
これについてはロイも初耳で、興味をそそられる。
の国についてもっと知りたいと思ったのだ。
「本題に戻るけど、ある雨の日にあたしは家の書斎で本の整理をしていてね。
その時とある錬金術の本を見つけて、興味をそそられたから関連する本を数冊探してみたんだけど、
それを持って梯子を降りる途中でバランスを崩して落ちちゃって…
その時あたしの手が丁度開いた本の上についちゃったの。
……手の下にあったのは錬成陣だった」
は自分の両の掌を見て俯いた。
「じゃあがこの世界に来たのはその錬成陣が空間転移の類のものだった、から?」
ふるふると首を振るは目を閉じて一呼吸置いた。
その表情は哀しげで、とてもつらそうだ。
「その錬成陣は…人体錬成の錬成陣だった」
「「「!?」」」
は無惨な姿になった携帯を前に、両手を合わせる。
その覚えのある動作に、エドワードは頭の中が冷えた。
両の手を携帯に触れさせると、光と音が発生してすぐに消え、
そこには元の形に戻った携帯が置かれていた。
は復元錬成を行ったのだ。
「なっ、錬成陣無し!?この間は…!」
「今はあたし自身が構築式のようなものだから…
今まで錬成が何も起こらなかったのは、多分…あたしの中の閉ざされた真理と、
その後に理解した理論とかそういうのが微妙にズレてたからだと思う。
真理について、エドはわかるよね?」
「ああ…でも…対価は何を…」
は手を胸にあてた。
「無から錬成をしようとした分の対価は、あたしの体全部。あいつに持って行かれた」
「じゃあもアルのように誰かの体に魂の定着を…?」
「ううん。あたしはその錬成の時、ある真理まで辿り着いたの」
エドワードはまさか、と目を瞠った。
言葉を飲み込んで沈黙したエドワードを怪訝に思いロイとアルフォンスは視線を向ける。
「その真理は…」
「そう、人体錬成の真理よ」
エドワードやアルフォンスにとって、は有益な情報を持っている。
そう思った2人は喜色満面の笑みを浮かべた。
今の所3人は気付いていなかった。
エドワードとアルフォンスが禁忌を犯し、賢者の石を探す旅をしているという秘密。
それを既に知っているというのをが仄めかしている事に。
エドワードとアルフォンスにとってこれほど有益な情報は無いだろう。
嬉しさから気付いていなかったのだ。
「じゃあ今、オレたちの身体も元に…」
「ごめんね…今あたしはその真理を持っていない。また持って行かれたの」
「…え?」
「真理を手に入れたけれど、分解は始まった。体全てをあいつに渡さなければならなかった。
あたしは無我夢中で両手を合わせ…2度目の人体錬成を行ったの。
真理を持っていたから。
でも、対価の事が頭から抜け落ちてた…
2度目の対価は…人体錬成の真理と、今までの日常」
話をしていたエドワードと、静かに聞いていたアルフォンス。
を見守るように話を聞いていたロイ。
真実に愕然とした。
「…こんな自分が醜いなんて思ってなかった。バカだよね。
エドやアルは、お互いの為こんなに頑張ってるのに、あの時あたしは何も考えないで…」
「生きたかったんだろう?」
ロイの言葉にハッと顔を上げる。
確かに自分は、生きたいという一心で錬成を行った。
「っ」
「生きたい、というのは人間も動物も植物も同じ、最大の欲だ。
はそれに従っただけ」
「でもあたしは…存在しちゃいけない存在なのに…この世界の人間じゃない。
居るだけで何が起こるかわからないから…だから!」
死ななきゃ。
それは言葉にならなかった。
その代わり、乾いた音が医務室の中に響いた。
「オイッ!」
「落ち着いて下さい…!」
は頬に手をあてた。
叩かれた頬はじんじんと熱を持ち始める。
「君は人の為に死のうとしている…自分の感情を押し殺して。
自身の本当の気持ちを…言って良いんだ」
やめて
やめてよ
決心が
鈍るから
ロイの言葉を遮るように、目をぎゅっと閉じた。
しかし、その言葉は確実にの心の深くへと辿り着いた。
「…っ―――死にたくない…
死にたくないよぉっ…!」
大粒の涙を零したは、ちょっとしたことですぐに儚く壊れてしまいそうだった。
ロイはそんなを抱き締めた。
壊れないように。
そっと…
← →
難産ー!
今回の話は書くのが難しかった…(疲)