ごめんね。
もう決めたんだ。
ロイの力になりたいから。















唇が離れると、ははにかんだ。
私はまたを抱き締めると、私の腕の中ではささやかな抗議の声を上げた。

「ロイ…苦しいよ」
「ああ、すまない」

ほんの少し力は緩めても、は腕に閉じ込めたままだ。
程なくして、顔の見えないが笑ったような気がした瞬間、
彼女の両腕がおずおずと私の背中に回された。
その動作のひとつひとつも含めて、彼女の全てが愛おしい。

「あのね、ロイ」
「何だ?」
「あたし…国家錬金術師になる」
「!?」

私は驚愕した。
国家錬金術師になれば、軍の要請には絶対服従の身。
時として戦争に人間兵器として投入される事も出てくるだろう。
私はに辛い思いをさせたくなかった。

「ダメだ…」
「あたしを推挙すれば、ロイの株が上がる。それにロイの役に立ちたいの!」
「他に方法はあるだろう」
「国家錬金術師のメリットとデメリットは知ってる…もう覚悟は出来てるの。
 だから…お願い」

確かに、昇進に利用出来る事は何でも利用しよう。
とはいっても、彼女をそんな事の為に利用したくはない。
だが、私を見上げるの眼は、あの時の鋼のの眼にそっくりだった。





そう…まさに焔の点いた…



















「なぁ〜、可愛いだろ〜?」
「きゃー!小さ〜い!可愛〜い!」
「だろだろ〜?お前さんならわかってくれると思ってたぜ〜」

医務室にやってきたヒューズ中佐は、来るなり懐から写真を取り出した。
その写真に何が写っているかというのは、もちろん知っている。
彼の親バカ本領発揮である。
というか、面白い事にまだ自己紹介もしていなかったりする。

「ヒューズ…」
「ぐっ…わかったわかった」

隣に立つロイのいつもより格段に低い声に圧されて、ヒューズ中佐は渋々写真を仕舞う。
だが、その不満そうな顔はすぐに何処かへ行き、代わりに笑顔を浮かべてあたしに手を差し出した。

「マース・ヒューズだ。よろしくな、
「よろしくお願いします…って、あたしの名前…」

差し出された手を握りかえしながら、ふと浮かんだ疑問。
ロイが話したのだろうか。

「ああ、大総統から頼まれてね」
「…あ…戸籍の!」
「一緒に住んでんのをそれで知ってよ。
 電話でロイにのこと嫁に貰っちまえーって冗談で言ったら、
 『そうだな』とか言いやがったから驚いたぜ」
「ヒューズ!」

ロイを見れば、うっすらと赤くなっている。
何とも珍しい(というか可愛い)と思ってはいるが、多分自分の顔も多少赤くなっているだろう。
『嫁』って事は結婚って事…と言うより、そんなに前からあたしの事をと思うと恥ずかしい。

「え、っと…戸籍の件、本当にありがとうございました」
「いやいや。しかし大総統直々だったもんで驚いたよ。異世界から来たって?」
「あ、はい…」
「ヒューズ。その位に…」
「ロイ、良いの。お世話になったヒューズ中佐にはちゃんと話さなきゃ」

止めに入ったロイを制止して、あたしはゆっくりと話し始めた。




















「そうか…頑張ったな」

そう言ってヒューズはの頭をがしがしと撫でる。
少し乱暴に撫でられ乱れた髪を手櫛で直す。
何とか髪も落ち着いた所で、ヒューズを真っ直ぐ見ては微笑んだ。

「今、幸せなんです。もう元の世界には戻れないかもしれないけど、
 沢山の人に助けてもらえて、支えてもらえて。
 それだけでも充分幸せなのに、元の世界では見つけることの出来なかった幸せを、
 この世界で見つけられたから」
「そーかそーか」

ヒューズはにこりと笑い、「セントラルに来る事があったら絶対エリシアに会いに来い」と言い残し、
残された2人に手を振って部屋を出て行った。

「全く…あいつは相変わらずだよ」
「最強の親バカだもんね」
「そうだな。…よし」

ロイがの手を取る。
そして、握られた自分の手を見てほんのり頬を赤く染めるを見つけてこっそりロイは微笑んだ。

「これから私の執務室で試験の為の書類を作るとしようか」
「!…はいっ」







医務室を出て廊下を歩いている時も手を握っていた為、周りからは自然と視線が集まっていた。

「ろ、ロイ…やっぱり恥ずかしい」
「構わん」
「うぅ…」

何を言っても絶対離してくれないと悟ったは、顔を真っ赤にして少し俯きながら歩いた。
密かにを狙う周囲の男性陣はその仕草を見て「可愛い〜」と思いながら和むのだが、
その直後に、の手がロイの手と繋がれているの見てしまい、奈落の底へと落とされるのだった。








「む…」
「どうしたの?」
「中から人の…この声はヒューズか!?」

電話の最中らしく、2人が一応静かにドアを開けると、やはり其処にはヒューズが居た。
しかもロイの椅子に堂々と座っているのだ。
がロイの方をちらりと見やると、その米神に青筋が浮かんでいた。
対するヒューズは、左の掌をこちらに向けて「待て」の合図だったので、
2人は「あたし(私)達は犬か!」と少し思ったが口には出さず心の中に留めておく。

「という事になります……は?はい、少々お待ち下さい」

ヒューズはちらりとロイを見てから、受話器を差し出した。
怪訝な顔をして受け取るロイに、ヒューズは受話器を指さし口パクで一言。

だ・い・そ・う・と・う。

「!?」

は・や・く。

電話の相手は大総統ともわかったのか、哀れなロイを見上げた。

「は、ロイ・マスタングですが…」
『いや〜、マスタング大佐。今回の件は難儀だったな』
「いえ、スカーを捕り逃してしまい、申し訳ありません」
『君達が逃す位だ。相当強かったんだろう…しかし、次は頼むよ』
「はっ。…ひとつよろしいですか、大総統」
『何だね?』
「国家錬金術師にを推挙したいのですが」
『ほお…彼女はそこに居るかね?居たら替わってもらいたい』

今度はロイが受話器をに差し出すと、
は自分を指さした。

あ・た・し!?
か・わ・れ・と。

先程から行われている口パクでのやりとりは端から見たらおかしな光景だろう。

「は、はい、です」
『ああ、そんなに緊張しなくて良い。君は国家錬金術師になりたいそうだね』
「はい」
『それは軍としては嬉しい事なのだが、本当に良いのかね?』
「はい、もう決めたんです」
『そうか…わかった。では試験の日取りはいつ頃に』
「あの…なるべく早く取りたいんです…」
『では…明日とかはどうだね?』
「構いません」
『はっはっは、冗談で言ったのだがね』
「…えぇっ…あ、あの、本当にそれでも良いんです」
『君がそれで良いのなら、本当に明日にするが…』
「はい、お願いします。あ…でも色々書類とか、必要ですよね…」
『構わんよ。書類など後でも』

国のトップがそれで良いのだろうか。
それから詳しい事を少し聞いた後、一言二言やりとりをしては受話器を置いた。

「全く…何故おまえが私の部屋で電話をしているんだ」
「誰も居ない所での方が報告しやすかったから、だ」
「はぁ…まあ良い。で、は…?」

ロイがの名前を呼んでも反応が無かったので、もう一度呼ぶ。
は受話器に手を載せたままの姿勢で長い溜息を吐いた。

「はー…準備しないと…」
「大総統は何て?」
「試験の日取りと…あ、書類は試験受けた後でも良いって」
が国家錬金術師の試験を受けるなんてなぁ、
 書類は後でも良いって位だから試験日は相当早いんだろ?」
「あー、うん」

ロイとヒューズは、の言った『準備』についてひとつ勘違いをしていた。
2人の頭の中に浮かぶのは、『準備』=『試験の為の勉強』。

「試験を明日の午後にしてくれたから…支度しないと…」








 沈 黙










「お、おい!なるべく早くにも程があるぞ!べ、勉強はどうすんだ!?」
「勉強に、関して、は、大、丈夫、ですっ」

ヒューズがの肩を掴んでガクガクと揺らしていた為に、の返事も途切れ途切れ。
それを見かねたロイがヒューズからを奪還し、腕の中に収めた。

「ヒューズ…。大丈夫か、?」
「お、オッケイデスよ…」
「本当に試験は大丈夫なのか?」
「うん、まかせて」

の頭の中には、ロイから借りた多くの本の知識があるが、
それだけでは試験に落ちるのは目に見えている。
しかしそれ以上の知識をは持っていた。
人体錬成をした者だけ、しかもその中でもごく僅かの者が持って帰ってこられる知識『真理』を。























こんこんっ

「ヒューズ中佐!」
「よ」
「あれ、も!」
「よっ」

あたしもヒューズ中佐に倣って片手を上げる。
片腕のないエドに代わり、アームストロング少佐が汽車の窓を開けた。

「司令部の奴ら、やっぱり忙しくて来れないってよ。代わりに俺とが見送りだ」
「エドもアルも、無理しちゃダメだよ」
「わかってるって」

エドはあたしに、アルが荷物車両に載せられている旨を教えてくれたが、
本当は家畜車両に載せられていることを知っていたので、さっき声を掛けてきた。

「そうそう、ロイから伝言をあずかって来た」
「大佐から?」
「事後処理が面倒だから、私の管轄内で死ぬことは許さん。以上」
「了解。絶対てめーより先に死にませんクソ大佐、って伝えておいて」
「あっはっは!憎まれっ子世にはばかるってな!
 おめーもロイの野郎も長生きすんぜ!」

そのやりとりにくすりと笑っていると、ヒューズ中佐がもうひとつ付け加えた。
一瞬あたしを見る。

「ああ、あともうひとつあったな。私のには手を出すな、だそうだ」
「は?」
「え……えぇええええ!?」

叫んだのはエドではなくあたし。
ロイのバカー!!

「な、何…もしかして、と大佐って…付き合ってんの?」
「そうなんだぜー。昨日の事件の後、ついに、あのロイがだ!」
「き、昨日…」
「ヒュ、ヒューズ中佐っ!」

真っ赤になって抗議するあたしをヒューズ中佐が宥めていると、
先頭車両の煙突から真っ白い煙が吹き出て、甲高い笛の音が鳴り響いた。

「じゃ、道中気をつけてな。セントラル寄る事があったら声かけろや」

ヒューズ中佐はぴしっと敬礼した。
それに合わせてエドとアームストロング少佐も敬礼する。


ゆっくりと動き出した汽車。
あたしはエドに手を振りながら一言だけ言った。


「エド!お互いのこと、ちゃんと信じるんだよ!きっと大丈夫だから!」


一瞬、エドは呆気にとられた顔をしたが、少し足りない言葉の意味を理解してすぐ苦笑いになった。
そして窓から身を乗り出して手を振ってくれた。


「当たり前だろ!」


汽車はゆっくりスピードを上げながらホーム抜けていった。
















「…そっか、は大佐と…」

ずりずりと固い椅子に凭れて呟く。
その様子を見て、何かを悟ったアームストロングがエドワードに声を掛けた。

「エドワード・エルリックはあの子の事が好きなのだな…」
「へへ、良いんだ。オレの気持ちなんてのはどーでも良い…」
「…優しいな」









優しいから、とかじゃなくて。





ただが幸せなら、それで良い。





そう思っただけだ。











 

エドの報われない恋・・・
でもこれからエドは大佐の邪魔を沢山してくれることでしょう!(笑)