絶対に受かってみせる。
だから、待っていて下さい。
実技試験会場のドアを大尉が開けると、部屋の奥・真正面に大総統が立っているのが目に入った。
は入り口を入ってから一度礼をし、そして部屋の中央へと進んだ。
ちらりと周りを見渡すと、1階には大総統を大きく囲むように側近達。
2階部分には軍上層部のお偉い方らしい人が十数人。そしてヒューズの姿もあった。
「全く君は素晴らしいね。筆記、精神鑑定共に申し分ない。
あとはこの試験でどんな物を見せてくれるかだ」
「よろしくお願いします」
「では、これより実技試験を開始する」
大尉には既に書く物は必要ないとが言ったので、大総統の開始宣後、
誰も微動だにせずの動きを観察していた。
その視線を少し不快に感じながらも、はゆっくり深呼吸をしてポケットから小瓶を取り出した。
中には透明な液体。水だ。
蓋を開けて瓶を傾けた。
ぱしゃ
ふわりと一回転すると、水は螺旋を描きながら石畳へと落ちていった。
を中心に足下に描かれた円。
瓶を仕舞ってから、ゆっくり手を左右に広げると、円は霧散するように一瞬で消え失せた。
そして次に、今にも消えそうな程儚い光の玉の群が部屋全体に浮かび上がったのだ。
その幻想的な光景に、周囲からどよめきが上がる。
やがてそれぞれの光の中心に、水が生まれた。
こぽこぽと体積を増やすそれが、ピンポン球ほどの大きさになった頃、
水を包む光はゆっくりと消えていった。
部屋全体に浮遊する水。
目の前に水があるというのに、この部屋の空気は著しく乾燥していた。
この術を使うのにはあまり適さない場所なのだということ知ったは、
心の内で舌打ちをしつつ、次回から閉め切られた部屋で使うのはよそうと思った。
昨日の晩、実技試験の内容を悩みに悩んで考え出した結果がこの術だったので、今回は仕方ない。
は一度水達を見回すと、左右に広げていた手降ろした。
その瞬間、辺りの水は僅かに震え、一カ所に狙いを定めて動き出した。
水の先端は棘のように鋭く尖り、
そのスピードは周囲の人間が水の形をやっと認識出来るか出来ないかという程速い。
「「「閣下!」」」
先程の幻想的な光景から打って変わって、
四方八方から大総統を狙う水に危険を感じ取った側近達が、
水を操るに向けて銃を構えようとホルスターに手を伸ばした。
ぱきん
小気味よい音が部屋に響いた。
それを合図に、大総統を的にしていた水はふっと消え失せ、
部屋の湿度も通常の状態へと一瞬で戻った。
水の消えたその場に残ったのは、右手を前に突き出して指を鳴らしたと、
それを囲むように銃を向ける側近、そしての手の方向に居る大総統。
ギャラリーはごくりと唾を飲み込んだ。
「あ、えと…実技の際、錬金術師を1人お連れになっていた方が宜しいかと思います。
錬金術で作った銃や剣などの武器の他に、物質自体での攻撃もあり得ますから…」
少し控えめに言うに、またかと思う側近達。
そう思ったのは、前にもこのような事があった為なのだが。
「はっはっは。前にも似たような事を言われたな」
大総統の合図で、側近達は銃を降ろす。
表面では平静を装ってはいたが、が元の世界で銃を向けられた事など勿論無い。
実は内心ものすごく緊張をしていた。
「ご無礼大変失礼致しました」
「ふむ…君は度胸もあるな。
今後、試験形態を見直す参考にしよう。
1週間後、東方司令部に結果を届けるから楽しみにしていたまえ」
「はい。ありがとうございました」
上辺は平静を装っていても、大総統にはバレバレだった事に苦笑いしながら、
は去っていく大総統の後ろ姿を見送った。
案内された部屋で暫く待っていると、ノックもなしに扉が開いた。
「お疲れさん」
「ヒューズ中佐〜」
片手を上げて部屋に入って来たヒューズ中佐は、
テーブルを挟んで向かいのソファーへ、どっかりと腰を下ろした。
大尉はあたしの案内という役目を終えて、既に退室している。
「それにしても大総統襲うなんて、前代未聞だぜ?」
「前代未聞じゃありませんよ」
あたしと大総統の会話はギャラリーに聞こえていなかったらしく、ヒューズ中佐は首を傾げた。
「前に試験で大総統を襲った人が居るって事です」
「そんな無茶な事する奴他に…あ!エドか!?」
出されていた紅茶をこくりと飲み込みながら、にっこりと微笑んでみた。
カップをソーサーに戻す。
「その試験、ロイは見た筈だから聞いてみたら良いと思いますよ」
「はっはっは。どうせ武器でも錬成して真っ直ぐ向かってったんだろうよ。
の場合は水を作ったんだよな?」
錬金術をデタラメ人間の万国ビックリショーと言うヒューズ中佐は自信なさげに言った。
錬成の過程を知りたいという顔をしていたので、瓶をポケットから取り出してテーブルに置く。
両手を軽く合わせて瓶へ向けると、空だった瓶にたちまち水が溜まっていった。
ヒューズ中佐が感嘆の声を漏らす。
「まず、この瓶の水で石畳の上に円を描きましたよね」
瓶の水に指を浸し、その濡れた指でテーブルの上に小さめの円を描いた。
「円は力の循環を表し、錬成陣を描く時は必要不可欠。
円の中に構築式を描く事で術の発動が可能になるって事はわかりますよね」
「ああ。でもはあの時円だけ描いて…」
「そうです。ヒューズ中佐に話したあたしの過去の中で、あたし自身が構築式の様な物になりました。
これはエドも同じで、手を合わせて円を作る事で錬成陣なしでも錬成出来ます。
でも、それが出来る事をあまり知られたくないんです。
瓶の水を媒体とすることで円を描いた事をカモフラージュすれば、
アクセサリーでもタトゥーでも、どこかに錬成陣を描いた物を持っていると思うでしょう?
そして、構築式はあたし自身なので、円の中に…」
円の中心に人差し指を置く。
今はこの指があの時のあたしの代わりだ。
ふわっとテーブルより数十センチ上にさっきと同じ光が現れる。
「おおー!じゃあこの光の正体は何なんだ?」
「錬成反応です」
「しかし普通の錬成反応はもっと稲妻みたいな感じだよな」
「普通の錬成反応も出来ますよ。
でも実技の内容が二つ名に影響するって言うのが頭の隅にあったみたいで、
無意識にキレイに見せようとしたみたいです」
「っくくく。無意識に小さく細かくって事か。やっぱ二つ名は気になるもんな」
錬成した水を瓶に入れてからポケットに仕舞うが、
それでもまだ笑うヒューズ中佐から視線を逸らして、また紅茶を一口啜った。
「や、あれはマジでキレイだったぞ。ロイのヤツにも見せてやりたかったなぁ」
「べ、別に良いですよ」
「お?顔が何か赤いけど、どーした?」
面白がるヒューズ中佐。
あたしはさっき仕舞ったばかりの瓶を取り出そうかどうか、本気で迷った。
試験の後すぐにヒューズ中佐は自宅へと連れて行ってくれた。
まだ定時を過ぎてないのに仕事は良いんだろうかと思ったが、
そんな事を知ってか知らずか、ヒューズ中佐は上機嫌で車を運転していた。
「よーし、ここだ」
一軒家の前で車を止めて降り、玄関のドアを開ける。
そして元気いっぱいに声を出した。
「おーい!帰ったぞー!」
置くからぱたぱたという足音が2人分近付いてきた。
見えた姿は、漫画と同じ。
「パパおかえりなさいー」
「ただいまぁ〜」
「おかえりなさい、あなた。今日は早かったのね」
「おう。グレイシア、こいつが電話で言っただ」
グレイシアさんの視線がヒューズ中佐の後ろに向けられる。
あたしを見つけたグレイシアさんは微笑んだ。
その微笑みは、まさに女神…っと今ヒューズ中佐が自慢したくなる気持ちがわかった気が!
「あら!可愛らしい子ね〜。グレイシアよ、よろしくね」
「初めまして、・です」
「ほら、ご挨拶なさい」
そう言ったグレイシアさんの視線が下に降りる。
その先には…
「お姉ちゃん、こんにちはっ!」
ヒューズ中佐のアイドル登場。
その小さなアイドルは、グレイシアさん譲りの茶色の髪を二つに結い、じっとあたしを見上げていた。
膝を折って、目線を同じ高さまで下げた。
「こんにちは、エリシアちゃん。何歳かな?」
「ふたちゅ!」
エリシアちゃんはびしっと指を2本立てた。
ヒューズ中佐はエリシアちゃんを抱き上げると、こちらに向き直った。
「今日はウチでゆっくり休んでけ」
「そうよ、ゆっくりしていってね」
「はい、お世話になります!」
ぺこりとお辞儀してから顔を上げると、3人は微笑んでいた。
「ようこそ、ヒューズ家へ」
「ふふ…こうしてみると本当にお姉さんが出来たみたいね」
「そうだな」
ヒューズとグレイシアの見る先には、座った姿勢のまま絵本を持って眠ると、
そのに寄り掛かるように眠るエリシアの姿があった。
エリシアはヒューズが抱いて行けるので、まずはを起こす為に肩を軽く揺すった。
すぐに目を開けたので、声を掛ける。
「風邪ひくから、ベッドで眠れ」
「う…?あ、はい…」
絵本を閉じて立ち上がろうとした。
しかし、は袖に力を感じて立ち上がるのを途中で止めてしまった。
「おー」
「まあ」
ヒューズとグレイシアが声を上げる。
袖をエリシアの小さな手が絶対離すまいと握りしめていたのだ。
は僅かに慌てているのだが、ヒューズとグレイシアは笑っているだけ。
「ど、どうしましょうか??」
「よし、俺に良い考えがある。今日はエリシアと一緒に寝てやってくれ。
が抱っこしてけば問題ない!」
そう言って、ヒューズは親指を立てながら、にかっと笑うのだった。
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エリシアちゃんか〜わ〜い〜い〜!