空は快晴。

修行にはもってこいの天気です。














「着いた…」

駅を出て、一度伸びをする。
日差しがあたしの体を容赦なく照りつけ、じわりと汗が浮かんできた。
やはりここはセントラルシティやイーストシティと違って暑い。

「よ、よし!勇気を出して行くべし!」

道端で1人意気込み、近くの人に声を掛けた。
長年この地域に住んでいそうなおばあさんだ。

「すみません、この辺に肉屋はありますか?」
「肉屋さん?…そうだねぇ、ここら辺と言っちゃカーティスさん位なもんだよ」
「それです!あたし、カーティスさんの所に行きたいんです!」
「おや、そうなのかい。じゃあこの通りを真っ直ぐ行って、2つ目を右に…」

丁寧に教えてくれたおばあさんにお礼を言って、あたしは歩き出した。
こんなに早く情報が手に入るとは思っていなかったので、これは出だし好調といった所だろうか。

「2つ目を右に曲がって…」

その後は、真っ直ぐ歩いていれば見えてくる、とおばあさんは言っていた。
歩きながら周りを見渡すと、セントラルと違ってゆっくりとした時間が流れている。
日本で言えば、東京と地方の差という感じだ。

「あ…あれだ」

『MEAT』という大きな看板。
そして、入り口ドアの隣の窓には『OPEN』と掲げられている。
あたしは深呼吸をゆっくりと数回した後、意を決してドアを開けた。

「す、すみませーん…」

レジに誰も居なかったので、恐る恐る声を出してみると、奥からすぐに声が返ってきた。
男の人の声だ。

「はーい。お待たせし…ま…」

出てきたのは見覚えのある服装、顔の男の人。
多分この人がメイスンさんだろう…しかしメイスンさんは、途中で言葉を切ってしまった。
今のあたしの格好は、明らかに「お使いです!」という格好ではない。
大きなトランク1つ持って肉も買わずに店員を呼び出した、言わば少し怪しい女の子だ。

「あの…あたし、と言います。
 実は、イズミ・カーティスさんにお願いがあって、セントラルから来ました」
「イズミさんに?」

ちゃんと名前は名乗らなければ、怪しまれるばかり。
少し待ってくれと言って、メイスンさんは奥に消えた。
微かに聞こえる外の音に混じって、奥から聞こえるぼそぼそという話し声。
程なく奥から現れたのは、アームストロング少佐に引けをとらないであろう巨体の男の人。
強面に髭。隆々とした筋肉。熊にも素手で勝てそうだ。
間違いない。この人はシグさんだ。

「イズミに頼み事があるって?」
「はい」
「…着いて来な。店頼んだぞ、メイスン」
「へーい」

一応無害と判断されたのだろうか。
シグさんが店の外に出ていったので、慌てて追いかける。
途中無言で歩き続けて一軒家まで辿り着くと、シグさんは窓から中を覗き込み、声を掛けた。

「おまえに会いたいっていう子が来てるぞ」
「あたしに?わかった、今そっち行くから」

すぐにドアの向こうから足音が近付いて来て、ぱっとドアが開く。
現れた女性の鎖骨の下辺りにフラメルの十字架が見えた。

「あたしがイズミだけど、あんたは?」
と言います。イズミさんにお願いがあって来ました…」
「お願い…?まあ中入んなよ」

下に置いていたトランクを持とうとしたら、シグさんが無言で持ってくれた。
強面でも、根はとても優しい人なのだ。

「結構重いな…」
「あ、ありがとうございます」







「それで頼みってのは?」
「はい……あたしをイズミさんの弟子にしてもらいたいんです」
「弟子に?」

イズミさんの修行のキツさは知っている。
でもキツイからこそイズミさんにお願いしたいのだ。

「昨日セントラルで……国家錬金術師の試験を受けました」
「! 国家錬金術師になるつもりなのかい!?」
「イズミさんが国家錬金術師の事嫌っているのは知ってます…でも…時間が無いんです」

イズミさんが紅茶を一口飲んで、溜息をひとつ吐いた。

「国家錬金術師になる位の腕があるなら、修行の必要は無いだろう?
 まあ、あんたが国家錬金術師になりたいって理由は聞かないけどね。
 あんたにはあんたの考えがあって、それをどうこう言う権利をあたしは持ってないから。
 でも、更に修行をしたいっていう理由はあたしにも聞く権利あると思うけど…」

尤もな意見を言うイズミさんに嘘はつけない。と言うより、つく理由は無い。
あたしの思う事を真っ直ぐ言うだけなのだから。

「錬金術の指導ではなく、体術の指導をお願いしたんです」
「体術の?」
「はい。実はあたし、ちょっと前に自殺をしようとしました…」

イズミさんは僅かに目を見開いたが、何も言わずただ話を聞いてくれた。

「変な話、大切な人を守る為に自殺をしようとしたんです。
 あたしの存在がその人の存在を危うくするのなら消えてしまおう、って…
 でも、死ぬ時を探している内に、その人は『守る』の意味を教えてくれたんです。
 あたしは『守る』の意味を間違えていた事を知った…」
「あんたはこれからその人を『守りたい』んだね…?」

ハッと顔を上げると、イズミさんは優しく微笑んでいた。
そのイズミさんの手がそっとあたしの頭を撫で、離れていった。

の気持ちは痛い程伝わってきた。


 あたしの修行は厳しいよ?」
























1週間という限られた時間。
その時間の中で、師匠は出来るだけの事を全力で教えると言ってくれた。
限られた時間の中での修行の為、はエドやアルの修行に比べて格段に厳しくなる事は確実。

でも絶対諦めたりは、しない。



「力の流れを知り、その力を流れに乗せて相手へと返す」

格闘技などの経験がないあたしは、兎に角闇雲に攻撃を繰り出すだけ。
それら全ての攻撃は、師匠の手によって易々と払われてしまう。

「はっ!」

繰り出した回し蹴り。
しかし、その足はいとも簡単に師匠に掴まれてしまった。

「っ!」
「こういう事だね」

師匠の足があたしの軸足を払い、バランスを失った体は地面へと倒れてしまった。
見えるのは空を背景にした師匠の顔。

「あたた…」
「体術の習得は実践が一番。基本を一個一個丁寧に練習してたら実践で応用が利かなくなる。
 まあ錬金術の場合は逆だけど、の場合は体術だけだからね」

もう何回転んだだろう。
朝からずっと、攻撃を繰り出しては返されるの繰り返しなのだが、
そのお陰で攻撃のコツが掴めてきたような気がした。
そして夕飯の頃になると、あたしの体は悲鳴を上げていた。

「痛いー…明日絶対筋肉痛だー」
「だらしないねぇ。明日もビシビシいく予定なんだが…」
「わかってます!休むのは時間の無駄ですから!」
「ははは。その調子だよ!」









あたしは修行させてもらっているお礼に、ささやかながら夕飯の片付けをさせてもらう事にした。
こんなに洗い物が多いのも久しぶりだ。
ロイの家では大体2人分の食器だったからだろう。

「おや、慣れてるね」
「今はイーストシティで居候してるんです。家事はあたしの役目だったので」
「居候?家族はどうしてるんだい?」

自然と食器を洗う手が止まった。
師匠が、食器を持ったまま動かないあたしを覗き込んだ。

?」
「居ません…死んでしまったわけではないですけど、多分もう…会う事は出来ないと思います。
 それだけ遠い所に来てしまった…お別れを言う暇もなかったんです」
「すまない…」
「いえ…自業自得なんですよ」

師匠には意味の分からない部分が多かっただろう。
でも何も聞かずにいてくれるというのは、師匠の優しさだ。




居間に戻ろうとした師匠をあたしは呼んだ。

「師匠」
「ん?」

「ありがとう」

師匠は一瞬呆気にとられたようだったが、苦笑を残してキッチンを後にした。














 

師匠ってやっぱりかっこいい。