再び繰り返してはいけない。
「覚悟」なら、とうに出来ている。
元は地下水路への入り口だった場所は、今はもう瓦礫の山。
地下水路の天上に張り巡らされていたパイプや、水路自体を構成していた煉瓦。
水路へ人の出入りを拒んでいた黒い格子が、何本も水底に突き刺さっていた。
「――――どう思う?」
「スカーが着ていた物に間違いないと思います」
憲兵によって水から上げられた上着は血に塗れ、所々破れたりと酷い有様だ。
は未だ煙を上げている瓦礫の山を見つめて目を細めた。
「死体は出たか?」
「捜索はしていますが、あのガレキの下を全部確認するとなると何週間かかるやら」
3人の会話を余所に、はここで昨晩起こった事に思いを巡らせていた。
原作によれば、この地下水路に入ったスカーがラストとグラトニーと戦闘を行った筈。
「どのみちこの出血量では無事ではいないでしょうけれど…」
「うむ…しかし奴の死亡を確認するまで油断はできん」
ロイはハボックの隊に瓦礫の撤去作業を命令した。
スカーの死体を見つけるまで昼夜休みは無しと言われたハボックが文句を垂れるが、ロイはお構いなし。
「うるさい!奴の死体をこの目で見るまで、私は落ち着いてとデートもできんのだ!」
「ああそうですか」
司令部の外だというのにも関わらず素に戻った上司に対し、ハボックは棒読みで返事を返した。
外での仕事中にファーストネームを使い、
更に惚気を言うロイに対して当の恋人であるのお怒りが飛ぶ。
…筈だったのだが、何故か辺りは静かなまま。
ロイやリザ達がへ目を向けると、彼女は別の方を向いていて会話が聞こえていなかった様だ。
「あれ?おかしいっスね…いつもはこういう事に敏感なのに」
「どうしたのかしら」
「…?」
「っ!…た、大佐か…びっくりした」
ロイがの肩へ手を触れると、は余程驚いたのか小さく息を飲んだ。
「余程考え込んでいた様だが、何か気付いたのか?」
は苦笑いして、「何も」と一言だけ答えた。
「……逃げられちゃったわね」
「食べそこねた」
地下水路の破壊現場を少し離れた所から観察している2人組。
1人は黒髪で胸元の大きく開いた黒い服の女。
もう1人は背は小さいが体が大きく、黒い服を着た男。
「ま。あれだけやっとけば傷の男もしばらく動けないでしょ。
私はまたセントラルに戻るわ。お父様に報告しておかなくちゃ」
女の胸元と男の舌には、自身の尾をくわえて円になる蛇の入れ墨。
女は緩いウエーブの掛かった長い髪をなびかせ、妖しく嗤った。
「ちゃん、電話だよ。セントラルのヒューズ中佐からだって」
「え?あたしに?」
フュリーのその言葉に周りの人間は驚きを隠せない。
ヒューズからの電話は、今は自分の執務室にいるロイへ繋がるものだとばかり思っていた所為である。
は受け取った受話器を耳に当てた。
「繋いで下さい」
『よっ、』
「こんばんは。今日はどうしたんですか?」
『よくぞ聞いてくれました!もうすぐエリシアの誕生日なんだよ〜!』
受話器の外へ漏れるヒューズの親バカっぷりに、周囲は慣れた様に自分の仕事へと戻っていく。
「確か3歳になるんでしたよね」
『その通りだ!うんうん。はロイと違ってよく分かってくれてる』
「ふふ。当たり前じゃないですか」
『っていうわけで、お前さんを誕生パーティーに招待する!』
明るい声で言ったヒューズに、は二つ返事で返そうと口を開いたのだが、
それを遮る様にヒューズがやや声を抑えて再び話し始める。
『…っていうのは前振りで、ちょっと軍法会議所に出張に来て欲しいんだが。
あ、勿論パーティーにも来て欲しいぞ?』
「出張…ですか?」
そう尋ね返すと、ヒューズは少し黙ってしまった。
やっと口を開いたと思っても言いづらそうで、受話器の向こうで頭を掻いている姿が目に浮かぶ。
『何つーか…ホントの事言うと、エルリック兄弟の事だ』
「! もしかして、今、図書館に籠もってますか…?」
『やっぱ知ってたか。今日見に行ったら、アイツ等かなり苦戦してるみたいなんだよ。
お前さんに先の事は聞かないって約束してるのに、やっぱほっとけないっていうか…』
「そうですか。あの2人なら大丈夫だと思うんですけどね……わかりました。行きます」
『悪いな。軍法会議所に出張って事にしとくから、少しは仕事して貰う事になっちまうと思う。
第1分館焼けてここも特に忙しいからな』
「はい、それは全然構いませんから」
ずっとセントラルへどうやって出るかを考えていたあたしにとって、これはとてもありがたい事だった。
自分の仕事は既に3〜4日分先まで粗方終わらせてある。
セントラルへ行く方法を考えている間に、
まず先の仕事は終わらせておこうと考えて必死にやったのは正解だったと言えるだろう。
今日の事件を境に、物語の歯車が少し回転を速めたような気がした。
数多重に絡み合ったその歯車達を、あたしはどれだけ外す事ができるのだろう。
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グラトニーを「男」って表すと変な感じがする…