ちょっと待ってよ。
ここは職場でしょう。
ロイが一歩前に出れば、あたしは一歩下がる。
ロイの極上の笑顔。あたしの引き攣った笑顔。
「どうして逃げるのかね?」
「さ、さあ…体が勝手に」
数歩下がった所でかかとが何かに当たった。
ハッとして横目で見ると、向かい合わせにくっつけられたデスクがあたしの後退を拒んでいる。
ロイとの距離はもう1メートルも無くて、こうなったら仕方がないと思い始めた。
上司部下なんて関係なし。
錬金術を使うしか自分を守る術は…!
ガシャン
「大佐。その位で止めて下さい。」
「ちゅ、中尉…」
「うわーん!ありがとう中尉!」
動きの止まったロイから早々に離れて中尉の後ろに隠れると、
中尉はロイに銃を向けながらあたしの方を向いた。
「あら、水くさいわ、。私の事リザって呼んでくれて構わないのよ。
私からも、って名前で呼んでいるんだから」
「ホントですか?じゃあ司令部内とかプライベートではリザさんって呼びます!」
「ふふ。何だか嬉しいわ、妹が出来たみたい」
「あたし、リザさんが本当のお姉さんだったら嬉しいなぁ」
リザさんがふんわり笑う。
やっぱりリザさんって美人だわ…
周りを無視してやりとりをしていると、不意に電話が鳴った。
リザさんが銃を降ろして電話を取ると、さっきの表情はスッと消え、
軍人らしいキリっとした表情へ戻っていった。
「司令室です」
そんな表情のリザさんも格好良い。
ほわーっと見惚れていると、不意に後ろから腰に手を回されてしまう。
リザさんが銃を下げてしまったので、ロイが行動を再び開始してしまったのだ。
電話中なので叫ぶわけにいかない。リザさんに助けを求めるわけにもいかない。
ちらりと周りを見れば、視線を逸らして見て見ぬフリ。
そりゃあ人生は長いから、ここでケシ炭になって死にたいとは思わないだろう。
小さな声でロイに抗議をする。
「ロイ、ごめんなさい。ちょっと冗談が過ぎた…かも」
「許さん」
「ローイー…」
ロイは、困っているあたしの耳元に顔を寄せて囁いた。
「キス1つで手を打とう」
「っ!?なななな何言って…!」
小さな声での会話だったのだが、電話中の為に静かな部屋の所為で周囲の人間の耳に届いてしまったらしい。
驚きの声が微かに上がった。
無理。絶対無理。
ロイは、今、此処で、みんなの前で、キスをしろ。
そう言っている。
顔の温度が上がっていくのが分かった。
そういうのがあたしは苦手だと分かっていて言う意地悪な人。
「…くっ、ロイの…」
阿呆。
と続けて、鳩尾に一発食らわせようとした筈が、
ビリビリと窓を振動させる大きな音によって遮られてしまった。
音の出所を見ると、リザさんがこちらに向けている銃から硝煙ふわりと立ち上っている。
更によく見れば、リザさんは未だ電話中。
「さっきの音?気にしないで下さい。
…ええ、では直ぐに」
ゆっくりロイの腕が離れていったので、振り返って壁を見ると、銃弾が一発めり込んでいる。
銃口から壁への弾の軌道を見れば、ロイの頭上数センチを通ったという結果が判明。
ロイの顔も引き攣っている。
おそるべし、リザさん。
受話器を置いたリザさんは、銃をホルスターにしまいながら電話の内容を話し始めた。
雰囲気の変わったリザさんにロイの顔も引き締まる。
「大佐。先程の電話ですが、青の団の残党の潜伏先を見つけたと」
「…やっとか。人数は?」
「それ程多くは無いようです。確認出来たのは15人。ですがまだ居る可能性は充分あります」
ハボック少尉が大きな市内の地図を何枚か出して机に広げる。
「青の団…あ、バルドのトコかぁ」
往生際が悪すぎ。
新参者が作戦を練るのに加われる筈がないだろうと考えたあたしは、
少し離れた所で慌ただしくなった司令部のみんなを目の端で捉えながら、ふと窓の外に顔を向けた。
しとしと雨が降っている。
「よし、まず私が奴等の態勢を崩そう。崩れた所で突入だ」
ぎゅっと発火布を嵌めるロイ。
それはちょっと不味いのでは、と思っておそるおそる口を開いた。
「ねぇ…外は雨なんだけど、大丈夫なの?」
黙
「作戦を練り直しましょう」
「そうっスね」
「同じく」
「お、お前達!暗に無能と言っているだろう!」
その時、あたしはある事に気が付いた。
「ロイ」
「何だね?」
「水気と湿気が多い状況でも、ロイの焔が威力を落とさないでいられるかもしれない」
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無能再び。