闇夜に響く轟音
残酷に冷たい唇
上手に呼吸が出来ない。
「っは…」
向こう側を向いて見えない切断面から溢れる血液が、血溜まりをどんどん大きくしていく。
見たくないのに、それなのにあたしは目が離せなかった。
ガギン!
「っ!」
大きな金属音。
その音に呼び戻された。
反射的に見たその先で、バリーがアルの鎧の腕に刃を食い込ませている。
「どうしたどうしたァ!!急に動きが悪くなったぜェ!?
げはははははは!!人工的に作られた魂っつっても、完璧じゃねェと見える!!
これ位のゆさぶりで動揺するんだもんなァ!!」
「う…うるさい!! ボクは…」
鎧と鎧のぶつかり合う鈍い金属音と、微かに響くお互いの空洞音。
「認めちまえよ。楽になるぜ?」
「くっ…」
「っアル!屈んで!」
「!?」
その言葉で反射的に体を屈めたアルの頭上を、透明な何かが掠める。
そしてその何かは、アルに殴りかかっていたバリーに当たり、その体を吹き飛ばした。
宙に浮いたその巨体は後方へ飛ばされ、地面に落ちて大きな音を立てる。
「なっ…!?」
「ごめんね、アル…もう少し早く助けに入っていられれば良かったね…」
力無く微笑む。
あたしの周りに舞い戻る光を纏った水を見て、アルは今の状況を悟ったようだ。
浮かぶ水を一旦消したあたしは、呆然とするアルの元へ駆け寄った。
バリーがアルに言った事は余計な事であり、又、悔しいけれど2人には必要な事だった。
ここまで来たら、もうあたしが口出し出来る話ではない。
(アル…エドを信じて)
ぺたりと座り込んでしまったアルに、普段の覇気がどこにも見あたらない。
あたしは、自分の腕に収まりきらないアルの大きな体を抱き締めた。
「へっ、もう1人か。しかも若い女ときた!」
バリーの立ち上がる音に、あたしも警戒して立ち上がり、闇の向こう側を睨み付けた。
鎧の足音がゆっくり、徐々に速く、最後は走って近付いてくる。
「げはははは!いただきィ!」
「!」
月光に反射する刃をかわし、バリーの死角となっている左へと回り込んでその右腕に手を掛ける。
瞬間。
ドドン!
銃声が木霊したかと認知した次の瞬間には、バリーの右腕が大きく後ろへ反れていた。
落とした包丁が地面に突き刺さる。
自分の掌にできた2つの穴に、バリーはまだ何が起きたのか判断できていないようだ。
「うェ?」
「動かないで!」
声の方へ目を向けると、そこにはやはりロス少尉とブロッシュ軍曹が銃をバリーへ向けていた。
ひとまずここは大丈夫だろう。
「次は頭を狙います。大人しく大きい鎧の人とそちらの女性をこちらへ渡して下さい」
「ロス少尉……」
「2人共、ここをよろしくお願いします!!」
「っえ!?」
2人が何かを言う前に、あたしはここへ来る途中に見た出入り口へ走り出す。
角を曲がって4人から死角になった所で両手を合わせ、
辿り着いた封鎖されている扉へ両手を押し当てた。
淡い光がはじけたと同時に、扉には大人1人分が楽々通れる程の穴がぽっかりと空く。
ここが建物のどの辺りなのかという事なんて気にせず廊下を走った。
足下が見える程度の照明の所為か、天井近くの闇は驚く程に深く感じられた。
漂う嫌な雰囲気が尚更そう感じさせているのだろう。
「エドーっ!どこー!」
そう叫んだ時。
「あれ?」
「!」
廊下の向こう、闇の中から溶け出すように現れたそいつは、肩に探し人を担いでいた。
ぞくりと何かが全身を走る。
嫉妬
ホムンクルスの中でも1番えげつないとされるその青年が大袈裟に首を傾げると、
それに合わせて長い黒髪もさらりと揺れる。
エンヴィーが人の良さそうな笑みを浮かべた。
「あぁ、もしかして鋼のおチビさん助けに来たの?」
「…後はあたしが連れて行きます」
「まぁまぁ良いから良いから。それにここは―――
ズ…ズズ…
エンヴィーの言葉をを代弁するように空気が振動を始めた。
狭い廊下の所為か、鼓膜が圧迫される。
嫌な圧迫感に顔を歪める内にも音はどんどん大きくなり、ついには爆発音のようなものが1度起こった。
当たりを見回すと、空気を裂くような音と共に壁には亀裂が走り、
空気のみならず建物自体も振動し始める。
「ありゃ、始まっちゃったね」
対して慌てる様子もないエンヴィーに視線を戻そうとした時、腹部に軽い衝撃を受けて体がふっと浮いた。
そしてそのまま周囲がものすごいスピードで過ぎ去っていく。
「なっ何して…!」
「何って、担いだんだけど。
やっぱりお姫様抱っこがお好み?残念。鋼のおチビさんが居るからまた今度ね」
「ちがっ…!」
「君を後ろに連れて走るんだとちょっと間に合わないかもだからさ。担いで走った方が速いんだよ」
確かに、人間2人を担いでこのスピードなのを見ると、通常はもっと速いのだろう。
エンヴィーの言った事が『正しい』のだと突き付けられる。
「そうそう、大人しくしててくれれば良いんだよ」
天井から降ってくるコンクリートの塊をいとも容易く避けながら、
はは、と楽しそうにエンヴィーは笑った。
轟音と共に崩れていく建物を見上げながら、バリーは半分呆れ半分困ったように呟く。
「…うーむ…こりゃあアレだな……素直にとんずら!!」
「あ…待て!!」
不意をつかれたブロッシュ軍曹が焦る。
今の状況を楽しむように走り出したバリーは、走りながら顔だけ振り向いた。
「おめーらも早く逃げねェと巻き込まれるぜェ!!げひゃひゃひゃひゃ!!」
「…っく!!」
崩れていく建物内に残された2人が気になって、アルはそこを動けなかった。
その腕をロス少尉がどうにか動いて貰おうと引っ張る。
「お願いだから、今はあなたが逃げる事を考えてちょうだい!!」
それでも動こうとしないアルに困り果てた時、今の状況にあまりに不釣り合いな言葉が掛かった。
「ちわーっス。荷物お届けにあがりました」
「兄さん!?!?」
エンヴィーは、まずあたしを降ろして、それからエドを地面へと降ろす。
今まで暗闇で見えなかったが、エドの額や腹部や至る所から血が流れていた。
「命に別状は無いけど、出血がひどいから早く病院に入れてやってね」
「ロス少尉、何してるんですか!早く!!」
「軍曹!手を貸して!」
慌ただしいが、このままならばきっと大丈夫だとホッとした所で、
改めてこちらに向き直ったエンヴィーへ視線を向ける。
きっと睨み付けると、向こうは面白そうに笑った。
「ほんとにもうあんまり無茶しないようにしっかり見張っててよね。
貴重な人材なんだからさ…鋼のおチビさんも、君も」
貴重な人材―――人柱。
あたしが…人柱、候補!?
驚いて目を見開いた事に、更に笑みを濃くしたエンヴィーが近付く。
ハッとしたあたしが後ろへと体を退いたのも遅く、するりと腰に手を回されて耳元へ唇を寄せられた。
「また会おうね、朧のお嬢さん」
離れ際、冷たい唇があたしの唇を掠めていった。
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ロイ専用の筈が…
掠っただけだとはいえど、チッスが奪われました…すいません。
前話のタイトルに含ませた秘密とは!(解答編) ※問題編は日記に掲載。
「命の糸、死の名。(いのちのいと、しのな。)」
命=いのち、めい
糸=いと、し
死=し
名=な、めい
はい、わかりましたねっ!