耳元で

ひゅうひゅうと

風が駆けていく

















ベッド脇の椅子に座るは何も言わない。
第一、は質問しづらい雰囲気を醸し出して、そんなにエドワードは何も聞けなかった。
解こうにも解けない疑問に、エドワードはへの字に口を曲げて目を据わらせた。

エドワードが目を覚ます前にが買ってきたのであろう林檎。
それをしゃりしゃりと剥く音だけ部屋に響いていた。

「あ!エドワードさん」

不意に開いた扉の向こうから覗いたのは、よく知った顔の2人。
ブロッシュ軍曹の後ろに続き、ロス少尉が病室へ入ってくる。
は果物ナイフと剥きかけの林檎を器用に片手で持ち、
空いた手で椅子をベッドの足下の方へ移動させて再び座った。
先程2人から聞かされた『これから起こるかもしれない事』についての、なりの配慮である。
ただ、エドワードは2人が立ちやすいように程度だと思っている
確かに間違いではないが。

しゃりしゃり

「起き上がれるようになりましたね」
「ここは?」
「ロス少尉の知人の病院です。
 軍の病院だと色々訊かれた時にまずいだろうと判断しまして…
 ここなら静かに養生出来ますよ」

疑問が解けて力を抜いた拍子に痛んだ傷。エドワードが顔を歪めた。

「あーくそ。痛ぇ……もう少しで真実とやらがつかめそうだったのに…
 入院なんかしてる場合じゃないよなぁ」

しゃりしゃり

昨晩の事に頭を抱えたエドワードを見た護衛2人は、顔を見合わせ頷く。

「鋼の錬金術師殿!」
「先に無礼を詫びておきます!」
「へ?」

突然大きい声を上げてびしっと姿勢を正した2人に、エドワードがまぬけに返事を返す。
それを合図に、目にもとまらぬスピードでロス少尉の左手がエドワードの頬を叩いた。
良い音が部屋に響いた。
叩かれたエドワードの方はと言うと、ぐわんぐわんと頭に響く音に一瞬何が起きたのか分からない状態だ。

「あれほどアームストロング少佐が勝手な行動をするなと言ったのに、それをあなた達は!!
 今回の件はあなた達に危険だと判断したから宿で大人しくしていろと言ったのに!!
 少佐の好意を無視した上に、下手したら命を落とす所だったのよ!?
 まず、自分はまだ子供なんだって事を認識しなさい!」

ブロッシュ軍曹が隣で頷く。
の林檎を剥く手は止まっているが、視線は林檎に落としたままである。
あと一剥きで、皮は実から離れるだろう。

「そしてなんでも自分達だけでやろうとしないで、周りを頼りなさい…」

ロス少尉が一度深呼吸をした。




「…もっと大人を信用してくれてもいいじゃない」

そう言葉を紡いだロス少尉の視線から逃れるように、エドワードはふいっと視線を外す。

「以上!下官にあるまじき暴力と暴言、お許し下さい!!」

再び姿勢を正した2人の方へ、驚いた拍子でエドワードは反射的に視線を戻した。

「……あ…いや…オレの方が……悪かった……です」
「…ビンタのおとがめは?」
「そんなもん無い無い!」

2人が大きく息を吐き出した事から、かなり緊張していたらしい事が伺える。
その妙な光景にエドワードが声を掛ける。

「なんでそんなに気ィ使うんだよ」
「一般軍人ではないとは言え、
「国家錬金術師は少佐相当官の地位を保有する」

沈黙を守っていたが突然呟いた為、無意識に3人の視線がへ注がれた。
俯くその表情は、重力に逆らわない髪で隠れて見えない。
しゃりっ
皮と実が離れる。

「あ…ええ、そうなんです。あなたの一言で我々の首が飛ぶ事もあるんですよ」
「そんなにピリピリする事ないよ。
 オレは軍の地位が欲しくて国家資格を取った訳じゃないし。
 それに敬語も使う事ないじゃん、こんな子供にさ」
「あらそう?」

エドワードがそう言った途端に、ロス少尉は敬語を止めた。
ブロッシュ軍曹に至っては、「年下相手に敬語はしんどい」とまで言っている。
順応の早さにエドワードは少し呆れた。

「エド。林檎ここに置いとくね」
「お、サンキュ」

綺麗に切り分けられて皿に並べられている林檎をサイドテーブルに置き、
それからは何も言わず部屋を出て行った。

「? ?」
「ずっとあんな感じなのよ…多分、昨日の事で疲れてるんだと思うわ」

確かに、は少し頑張りすぎる所がある。
の消えた扉の方を見ながらエドワードはそう思った。

「……アルは?」
「アルフォンス君は、さっきオレがゲンコツかまして同じように説教した!
 おかげで手がこのザマだけどね」

未だ痛む右手をぶらぶらさせながら、ブロッシュ軍曹が涙を流す。

「あいつかてーだろ、あはははは、っあででであはははは」

笑いで痛む傷口に3人共苦笑いしていた所、は、とエドワードがある事に気付いた。
さぁっと頭から血の気が引き、もうどうしようもないこれから起こる事に頭を抱えた。

「…もう一回盛大に怒鳴られるイベントが残ってた…」



























誰も居ない静かな屋上。
背中にコンクリートの感触を感じながら、あたしはぼうっと空を眺めていた。
風の音だけが聞こえる。


「国家錬金術師…人柱…ホムンクルス…死…」









国家資格を取り、少佐になったあたし。
2人に対しての罪悪感。

謝罪。




人柱候補。
あたしが選ばれた理由。

疑問。




殺人という名の死。
人の命と軍人。

恐怖。




エンヴィーから感じた闇。
深すぎる闇。

殺意。














冷たい唇。













昨日の夜から何度も何度も拭った唇。
そっと触れると、視界が滲んだ。
また拭う。











もうごちゃごちゃだ。











無性に会いたい





強く抱き締めてほしい











「ロイっ…」












 

勇気がない事は罪ですか?