目の前でシェスカさんが必死にペンを動かしているのを見て苦笑いが零れた。
何日も、自分の頭の中の文章を文字に起こし続けているシェスカさんの目はもう死にそうだった。
昼過ぎに病院を後にして宿に一旦戻り、軍服に着替えてから軍法会議所に向かった。
ヒューズ中佐は既に到着していて、自分のデスクに座って大量の書類と向き合っている。
見渡せば軍法会議所全体がお疲れムードを漂わせ、
その中でも特にお疲れオーラを強く発しているのが…
「大丈夫ですか?シェスカさん」
「は…はひ…」
言葉とは裏腹に全然大丈夫じゃなさそうだ。
何日も続けて駆使してきた右手がふるふると震えて、疲れている事が一目瞭然である。
その時、あたしの頭に1つのある案が浮かんできた。
「シェスカさん。書くの、代わりますよ?」
「へ?」
「シェスカさんが話してくれた文章をあたしが文字にしますから」
「で、でも悪いですよ…」
それを聞いたヒューズ中佐がナイスな一押しをしてくれる。
「そりゃ良い考えだ。に手伝ってもらえばシェスカも少し休めて能率もアップ!」
「ね、ダメですか?」
「あ…ありがとう!さん!」
シェスカさんはあたしの両手を掴み、滝のように涙を零し始め、
挙げ句の果てには思いっきり抱き付かれた。
あたしの予想以上に疲れていたらしい。
電話がひっきりなしに鳴る軍法会議所の喧噪の中、シェスカさんが話してあたしが複写する。
その作業を1時間程続けた頃、ヒューズ中佐があたしを呼んだ。
「に電話だぞ、と」
出張中のあたしに電話なんて言ったら、東方司令部からしか考えられない。
しかも相手が誰だか殆どわかっているこの状態が嫌ではなく、寧ろ嬉しかった。
しかし。
「東方司令部ロイ・マスタング大佐殿から」
わざわざフルネーム階級付で相手を告げるヒューズ中佐が、
にやにやと笑いながら受話器を差し出した。
照れ隠しの所為か、あたしは無意識にやや乱暴に受話器を受け取る。
「…・少佐ですが、何か御用でしょうか」
『不機嫌だな…まあどうせヒューズの所為だろう?』
「…」
当たっている所為で何も言えないでいるあたしに、ロイが向こうで笑いを押し殺している。
「切ります」
切りたくないけど、恥ずかしさの所為かそんな言葉が口を突く。
今のあたしは天邪鬼だった…
『っ、待ちたまえ!』
「嘘です」
『はぁ…あんまりからかわないでくれ。
今朝、グレイシアから電話があったよ。いや、内容的に正確に言えばエリシアからか…』
「!へ、へぇ…そう…」
何だか嫌な予感がして、口調が素に戻った。
『「かわいいイヌさん錬成してくれてありがとう」と元気に言っていたな。
その中でも特に「錬成」を強調してだ。
何故だろうね、買った物ではなく錬成した物だと知っているなんて。
それに、まだ小さいエリシアが何故そんな難しい言葉を知っているのか…
しかしさっきの返事で確信が得られた。
帰ってきたら覚えておきなさい』
受話器から黒いオーラが漏れ始め、今ロイがどんな表情をしているのか易々と想像出来てしまう。
目の前にいないけれど、その笑顔が怖すぎる…!
「え、いや…それはその…」
返答に困ってしどろもどろになっていると、ヒューズ中佐が首を傾げて此方を見ているのが見えた。
「……」
『ぷ…っくくく』
「!」
沈黙のさなか漏れだした笑い声に、あたしの思考が一瞬停止する。
そしてその間もロイは笑ったまま。
「…からかわないでよ…」
『これでおあいこだろう?』
「まぁ、ね」
それだけ言ってからずいっとヒューズ中佐に受話器を押し付け、シェスカさんの所に戻る。
今頃、未だ何も喋っていないヒューズ中佐をあたしと思い込んでロイは喋っているだろう。
「あれ?電話は終わったんですか?」
「一応…」
作業を再開しようとペンを持った瞬間。
「。ロイの野郎にいつ帰るか言っておけ」
そう言ったヒューズ中佐の手はしっかりと電話の受話器を本体へと押し付けていた。
再びにやにやと笑いながら。
2人にしてやられた。
でも少し嬉しかった。
そう思いながら、あたしは手近の受話器を持ち上げたのだった。
← →
エリシアちゃんとロイの電話を聞いてみたい…
ヒューズのセリフ部分に「あ!これは!」と思った方いらしたら、
もうウハウハしちゃって下さい
ちょっとした遊び心です…