大丈夫。
もう怖くない。
だってあなたはもう…
リザは2人の上司の無事と敵の様子を確認すると、後方へ手で軽く合図をした。
直ぐさまハボックやブレダ、憲兵数名がやって来て、倒れている者達を次々と捕縛していく。
「はー…」
がぺたりと地面に座り込むのと同時に、
その空間の所々に立っていた氷の柱は、しゅっと小さな音を立て、跡形もなく消えていった。
「マスタング大佐、少佐。お疲れ様です」
「あ、中尉…どの位でした?」
「突入した直後です」
リザが濡れて額に張り付く前髪を軽く指で払う。
見れば、濡れているのはリザだけでなく、ロイと以外の全員がずぶ濡れ。
そこへハボックが走って来た。
「大佐、捕縛終わりました。逃亡を図った者も含め、全部で18名っス」
「わかった。そうだな…あとはブレダの隊に任せて、司令部に戻るぞ」
「了解」
歩き出すロイ達とは反対に、は座り込んだままそこを動かない。
その事に一番最初に気が付いたロイが声を掛けた。
「どうした?置いていくぞ」
「…」
返事もせず俯くに、ロイはまさか、と急いで駆け寄る。
「まさか、どこか怪我でもしたのか!?」
ハッとしたリザやハボックも駆け寄る。
座り込んだ状態で3人に囲まれたは、尚更俯き小さな声で一言呟いた。
「な、何か…今更腰が抜けたって言うか何て言うか…とにかく…立てません」
そんなの様子に、3人は苦笑いを浮かべた。
「何だ、それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」
「だ…だって恥ずかし、いっ!?」
突然ふわりと空中に浮かぶような感覚に、は小さく悲鳴を上げた。
それにはリザもハボックも自身も、一瞬ぽかんと思考を停止した。
そんな3人にお構いなしでロイはをお姫様抱っこしながら歩き出す。
「行かないのか?」
「あ、イヤ…えーと、俺、車まわしてきます」
ハボックの耳に、遠くからようやく思考の戻ったの抗議の声が聞こえた。
ガラスにうっすらと映る自分の顔はムスッとしている。
たった今、自分の顔の隣に映り込んできた顔は爽やかな笑顔を浮かべている。
それにカチンときたあたしは、振り向いて当人を睨み付けた。
「そんなに恐い顔をしていると、可愛い顔が台無しだ」
「今すぐ無能にしてあげるけど、どうする?」
運転席から聞こえた声を押し殺した小さな笑いに、ロイは右手のポケットから手を出した。
しかし、突然空中から淡い光を帯びた水が流れ落ち、ロイの手袋を濡らしてから手の下の空中で消えた。
「……」
知らない振りをして窓の外を再び向いてから、ロイの手袋の水分を蒸発させた。
「今の錬成と現場での錬成を見ると、は水系の錬成が得意なのかしら?」
「え?あ、いえ…そういうわけじゃ無いです。
一応オールマイティーに出来るんですけど、一番最初に考えたのが水を使っての錬成だったから」
ふと、国家錬金術師の試験を受けた時を思い出した。
今回の任務は、試験時の事が役に立ってくれたのだ。
「にしても、さっき雨が消えたのには驚いたっス」
「あ、それはあたしを中心に、半径100メートル位の空間の水分を蒸発させただけです。
何秒かすればまた降ってくるし」
「が居れば雨の日でも私は無能ではないぞ!」
逆に晴れている日でも無能に出来る事をお忘れなく。
試験を受けた会場はほぼ密閉された空間で、
空気中で気体になっている水を液体にした事で部屋全体が乾燥した。
今回はそれと同じ事をしたのだ。
今回の現場は密閉性のない空間で外から湿気が流れ込んできてしまうが、
それは自分が何度も乾燥させれば良いだけの事で、雨天関係無くロイにとって絶好の環境となった。
そして、集めた水はあたしの武器としても利用可能である。
今回の件についての報告書はあたしが担当する事になり、リザさん指導の元で報告書の作成を始めた。
英語は、国家錬金術師試験を受ける為の書類を書く時に書ける事を既に確認済み。
ここはあまり使わないが日本語も勿論健在である。
「リザさん、出来ました」
出来上がった報告書をリザさんに見せる。
「上出来だわ。細かい所を言うとしても、こことここ位ね」
「ありがとうございます。じゃあこの2つを直して、それから提出してきますね」
手早くそれを直し、あたしはロイの執務室へ向かった。
こんこん
「少佐です」
「入れ」
が部屋に入ると、つい今し方声はしたものの、ロイの姿は見えなかった。
それもこれも、入り口からロイの間に書類の山が積まれている所為で、
は呆れながら書類の宝庫と化したロイのデスクへ近づいた。
(この3日程、気持ち悪い位に働いてたってリザさんに聞いたのに…何故!?)
「さっきの件の報告書持ってきたよ」
「もう出来たのか?」
書類の上から覗き込んだにロイは顔を上げると、報告書を受け取って一通り目を通す。
そして目を通しながら机上に転がる万年筆を探り当て、手早くサインをした。
「それは明日送付の所に入れておいてくれ」
「わかった」
報告書を受け取ったがくるりと方向転換をした瞬間、ロイはの腰に腕を回し引っ張った。
予想していなかったロイの行動に、の体はその力に沿って傾いた。
「え…」
ぽすりと着地したのは、当たり前のごとく引っ張った当人の膝の上。
「ロイ…何?これは―――っ!?」
そう言いながら後ろを振り向いた時、ロイは長い指での顎を捉えそのままキスを落とした。
の手から報告書が抜けて、軽い音を立てながら床へと落ちた。
「ごちそうさま」
「ご、ごちそうさまじゃないっ!仕事中!」
「朝はしてもらえなかったからな」
未だ根に持っていたらしい。
子供か、と内心思ったが、それをロイに言ってもさらりと交わされるのがオチなので言わないでおく。
「あーそうですかー」
と棒読みで言いつつはロイの膝から降り、床に散らばってしまった物を拾い集めてドアの方へ向かう。
ノブに手を掛けた所でロイから声が掛かった。
先程とは打って変わっての真剣な声に、は振り向いた。
「今晩はこのまま雨らしいが…その…大丈夫か?」
この世界に来てから雨の日はいつも辛い思いをしていた。
自分を心配してくれた事を嬉しく思いながら、はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫。もう怖くない。あの子はもう…敵じゃないってわかったから」
その言葉にロイは安心すると、自然と顔を綻ばせた。
その様子に自身もロイを安心させる事が出来たと感じ、部屋を後にした。
「ありがと」と一言残して。
私は椅子の背もたれに寄り掛かると、小さく息を吐いた。
彼女が安心して眠れるのは勿論嬉しいが、腕に抱きながら眠る事が出来なくなる事に少し寂しくも感じた。
ただ、あの時とは状況が違いすぎる。
恋人同士になった今、一緒に眠れば我慢出来そうにもないと言う事ぐらいわかっている。
性急にはなりたくなかった。
を限りなく愛しているからこそ
本当に大切な存在なのだから
← →
際限なき愛を君へ
コソーリと裏話(っぽい物)を。
ちゃんが来る時まで実はロイは寝てました(笑)
書類が溜まっているのはその所為なのです…