――――…ロイ



















私はハッとした。
瞼の裏に彼女の姿を見たような、そして私を呼ぶ声を聞いたような。

「いかん…うっかり眠っていたか…」

どうやら万年筆を手に持って書類に向かったまま、私は居眠りをしていたようだった。
この場にホークアイ中尉が居なくて助かった。

右手で両目を覆って少し頭を振った。

「くそ…」

彼女がセントラルに行ってからもう約1週間経つ。
彼女と話したのは、エリシアへの誕生日プレゼントについての電話で最後だ。
あれから何の音沙汰も無い。
しかし、受理まで約1週間掛かると言っていたので、彼女はもうそろそろ帰って来ても良い頃だ。


早く…声が聞きたい。
早く…この手で抱き締めたい。


溜息を吐きながら、私は目を覆っていた右手を外す。

























視界の中、私の座っているデスクを挟んですぐ前に、彼女が居た。
突然過ぎて、一瞬言葉を失った。
彼女が帰ってきた事は嬉しいのだが、連絡の1つも寄越さなかった彼女に私は少し不機嫌らしい。

「っ、。帰ってくるなら帰ってくると連絡くら…い…」

彼女は無表情のまま私を見下ろしている。
雰囲気がまるで違う。
目の前の彼女の瞳は冷たく、それでいて悲しそうに私を射抜く。



「―――…貴方は『あたし』の事を…何もわかっちゃいない」
…?」
「『あたし』の事を何も知らない貴方が、あたしは嫌い…!」



彼女は足の横で握りしめた手を震わせながら俯いた。
震えを止めるように彼女は更に強く握りしめ、顔を上げながら私に向かって声を張り上げた。



「なん、で…何で『あたし』の事、もっと知ってくれなかったの!?何で知ろうとしなかったの!?」
「君は…誰だ?」

目の前の彼女は、私の彼女ではない。
そう直感で感じた。
姿形は似ていても、彼女は違う誰かだった。

「っ、お願いだから、責めないであげて。
 問い詰めないであげて。
 『あたし』の事を……もっと知ってあげてよ!」

デスクの向こうから身を乗り出して私の胸倉を両手で掴んだ彼女が、
縋るように再び顔を俯かせる。
私が彼女の何を責めて、何を問い詰めるのか。

「意味が、わからんな…」
「あたしは『あたし』を苦しめた。悪役になろうとして、なりきれなかった。
 贖罪出来るとは思ってないけれど、」
「…君はまさか」

の真理、なのか?

と問い掛ける前に彼女が再び口を開く。

「ただ、あの子はとても――
「…優しい」

彼女はいつも慈愛に満ちていた。
自分を代償に、私達とこの世界を守ろうとした。
自分より他人を優先する。
それが私の心配の種でもあったが、そういう所も含めた彼女の全てを私は愛していた。

「そう。優しすぎるから…貴方が守って、全部、何もかも包んであげてほしい…」
「それは無論だが…君は何が言いたいんだ」



ふっ、と私の胸倉から手を離した彼女が顔を上げる。



「『あたし』の事、全部わかった上で、『あたし』の心の底まで…





 愛して」

























「ッ…はっ…はぁっ……夢、か…」

夢にしてはリアル過ぎて、今も掴まれた胸にその感覚が残っているような気がする。
夢の中の夢。
一度だけ聞いた、彼女の真実の中にあった真理。
彼女がこの世界に来る橋渡しとなったその存在が、私の中に現れて何かを伝えようとする妙な夢。
妙すぎて…

「…末期だな、これは」

夢の中で目が覚めた時と同じように、座って万年筆を手に持ったままの自分に軽く嘲笑する。





リリリリン

「っと」

リリリリン


軽い気怠さを感じる体を立ち上がらせて電話口へ向かい、私は受話器を上げる。

『セントラルのヒューズ中佐から、一般回線で通信です』
「またヒューズか…つなげ」

交換手がジャックを接続する時特有の音が一瞬聞こえ、
その後、公衆電話からなのか屋外らしい音が聞こえ始めた。

「…………」
「私だ。娘自慢なら聞かんぞ!」
「……」
「?」

可笑しい。
いつもならばヒューズの陽気な声が受話器いっぱいに聞こえてくる筈。

「ヒューズ?」

あいつは何も言わない。

「ヒューズ…おいっ!」

帰ってくるのは風の音だけ。

「ヒューズ!」



何故何も言わない。
何故応えない。



「ヒューズ!!」






















一度電話を切って中央司令部へ問い合わせた私の元に、
その答が返ってきたのは約30分後の事だ。


















マース・ヒューズ中佐。死亡。

少佐。意識不明の重体。

と。













 

全てロイ視点。
本当に久しぶりのまともな登場ですね…(苦笑)