正装一式をトランクに無造作に放り込む

月明かりに浮かぶ部屋の中

たった1人しか存在していないこの空間が、冷たく私を囲んでいるんだ



























「う…」

ここは何処だろう。
重たい瞼をゆっくりと持ち上げると、うっすらと見えてきたそこには茶色の天井があった。
しばらくぼんやりと眺めてみる。

「あたし…何して…」






あぁ、そうだ。
あたしはお祖父ちゃんの本を整理していたんだ。
それで、

「梯子から落ちたのかぁ」

床に寝転がっている自分の周りを探るように手を動かしてみると、
指先や掌に幾つものハードカバーの感触。

力を入れて起きあがってみると、何日も動かしていなかったかのように体が軋む。
梯子から落ちた衝撃の所為だろう。

「いたたた」

ぺったりと床に座ったまま少し体をほぐし、
改めて周りの状況を確かめようと視線を巡らせようとした時。

?」
「あ…お母さん」

扉の隙間からお母さんが顔を覗かせた。

「あら…いつの間にここに?」
「え?ずっとここに居たよ…梯子から落ちてちょっと気絶してたみたいだけど」
「あぁ、それでさっきはデスクに隠れて見えなかったのね。大丈夫なの?」
「あ、うん。別に何とも無いみたい」
「なら良いけど、気を付けなさいよ」
「わかってる」

そんな会話を交わして再びお母さんは戻っていった。
それを見届けてから、あたしは座ったままに周りに散らばる本を片付け始めた。
1冊、1冊…―――


































横から鈍器で思い切り殴られたような衝撃と、ガンガンと酷い耳鳴りの様な音が鳴り響く頭の中。
受話器を置いた後、私は立ち尽くしたまま酷く混乱していた。

「ヒューズが死んだ?が…意識、不明…?」







時間が経つ程に冷静になる頭。
ヒューズが死に、更にが意識不明なんていう、そんな事は信じたくない。
しかし、冷静になっていく自分が、混乱している自分にこれは真実なのだと突き付けるのだ。
心の矛盾に息が詰まりそうになる。

「早く…セントラルに…」

強く目を瞑って一度深呼吸をする。
落ち着け。整理するんだ。







りりりりりん



ハッと電話の方を見る。



「私だ…」

交換手が告げた名前は、先程電話をくれたのと同じ者だった。
繋げてもらうと、受話器の向こうはどこか焦ったように切り出した。

少佐が…病院搬送後の医師への引き継ぎの最中、目を離した十数秒の間に…
 …――居なくなりました』
「…それは…彼女が目を覚ました、という事かね?」

『……それはないと思われます。断言は出来ませんが。
 搬送直後の意識レベルから見て、意識が回復したという可能性は限りなく低いかと…
 誰かが連れ去ったという形跡も全くありませんので、何がどうなったのかわからないんです。
 現在、全力で捜索しているのですが…』








崖の縁に立たされたような感覚。

哀しみや、憤りや、色々な物の混ざり合う、
この何処にも晴らしようのない心の中身に何とか唇を噛んでやり過ごす。








「…わざわざすまなかったな」
『いえ、こちらも捜索を続けます。では失礼致します…』

静かに受話器を置いて、それからもう一度持ち上げた。

「マスタングだ。司令室のホークアイ中尉に繋げてくれ」

居る部屋は隣同士なのに、なぜわざわざ内線で掛ける必要があるのかと、
そんな困惑が交換手からひしひしと伝わってくる。

『はい、ホークアイですが、どうかされましたか?』
「中尉…急いでセントラル行きのチケットを手配してくれ」
『急用ですか?』

「ヒューズが…死んだ」
『!?』
「…も意識不明のまま、消えてしまった…」
『っ、すぐに手配致します!』










自分の革張りの椅子に深く腰掛けて天井を仰ぎ、静かに目を閉じた。
多分、今私は酷い顔をしているんだろうな。
わざわざ内線を使ったのも、こんな顔を部下に見せるわけにいかないからだった。
何をどう足掻いても、ヒューズが死んだというのは曲げようのない事実で、
が意識不明のまま忽然と姿を消したのもまた事実。





私との気持ちが通じたあの時に私は約束した。
しかし、それを私は…









「すまないっ…どうか無事で…!」

















 

修正:3月12日
意識レベルの表記についてご指摘を頂き、記述を修正しました。
知識不足のまま記述し、その曖昧な情報で展示してしまってすみません;