風にさらわれるように白に流されていく
前にもこんな事があったよね
でもあの時ほど
この霧を冷たくは感じないんだ
1冊、1冊。
座ったまま散らばったままの本を床に積み上げていく。
「変なの」
知っているのに何故か思い出せない時のようにじれったくて、
ぽっかりと穴が開いたように空虚な気がする心の中。
その穴から抜き取られたのはきっと大切な何かで、
自分に無くてはならない唯一無二のもの…
曖昧過ぎる気持ちの中でそれだけは確信していた。
そっと胸に手を当ててみる。
「何だろうね。自分の事なのにまた――…あれ…また?」
前にもこんな感覚を味わった事がある…気がする。
こういう事をデジャビュ、と言ったか。
自分の後ろある本を取ろうと手を伸ばした瞬間にそれは目に入ってきた。
何冊も散らばっている中、1冊だけ開かれて落ちている。
トクン
『鋼の錬金術師』によく出てくる錬成陣と呼ばれる物。
開かれたそのページには、それとよく似た複雑な陣が描かれている。
「…ど、して?」
どうして涙が出るの?
「なんで…」
なんでこんなに哀しいの?
ドクン
「…ぁ…」
犯した罪
支払うべき対価
重ねた罪
更なる対価
もう戻れない――――…あたしの居場所
「やっぱりここにはもう…ないんだね」
つぅ、と頬を流れ落ちた水が本に染みを作る。
『そう。この世界にあなたの居場所はもう作れない…
――…いえ、その言い方は少し違うかもしれないわね。
この世界自身にはまだあなたの存在が残っているけれど、
この世界にあなたの身体が在り続ける為の物をあたしは奪ったのだから…』
ふと顔を上げると、『あたし』が目の前に立っていた。
「ねぇ、対価をまだ払っていなかったでしょう?」
『えぇ、まだ貰っていないわ』
「なら、持っていってくれると嬉しい」
『わかった…』
「…ありがとう」
この世界から、「」の存在を。
すべて。
「これで、誰も知らないままで生きられる…だってこの世界すら何も知らないのだから」
あぁ、これで良かったんだ。
そう漏らすと、『あたし』は悲しげに笑った。
ゆっくり目を閉じると、目尻から溢れた涙が頬から顎へ一筋の道を作った。
「さようなら。そしてありがとう、この世界」
これでじれったさは無くなったが、何故かそれでも空虚な穴は埋まらなかった。
まだ何かが足りていないのだ。
一番大切な何かが。
『リバウンドで一時的に少し記憶が飛んでるのね…』
「…え?」
座ったままのあたしの前に、『あたし』がしゃがみこむ。
『あたし』の指先があたしの頬に触れ、さっき作られたばかりの水の道を消していく。
『あなたなら大丈夫。自分を…そしてあの人を信じて?』
「あの人…?もしかしてこの穴はその人の所為、なの?」
少し悲しげに笑った『あたし』の指先が米神に移動した瞬間、映像の断片が次々と流れ始める。
ただ、それはどれも不鮮明でノイズ掛かったラジオのようだった。
「初めまして、お嬢さん。私は 」
「 は悪くないよ。あたしは生きてる…それで良いじゃん。だからそんな顔、しないで」
「誰かが一緒なら怖くないだろう?」
「ごめんね、 。あたしの最後の我儘なんだ」
「生きたかったんだろう?」
「…っ―――死にたくない……死にたくないよぉっ…!」
「…愛してる」
急にピントが合ったように、全てが鮮明に蘇る。
「ぁ…ろ、い?――ロイ!」
『思い出したね』
「あたし、あたしっ!」
『今は少し休んだ方が良い』
「ロイの大事な人を守れなかった!」
『もう一度言うよ。自分自身を。あの人を信じて…』
ぴり、と脳髄の中に微かな痛みを感じたと思ったら、急に頭の中が白に覆われ始めた。
ぐらりと傾く視界。
麻痺する感覚。
薄れる意識の中で、あたしは優しく頭を撫でられた気がしたんだ。
そっとの頭を撫で、そのまま手を滑らせて頬に触れる。
いつもより格段に色が白く顔色も良くない。
朝一番の汽車でホークアイ中尉を連れてセントラルへ飛んで来たのだが、
昼頃着いてすぐに聞かされたのは、が発見されたという報告だった。
消えた場所にそっくりそのまま倒れていたらしい。
すぐに会いに来たが、君の目は閉じられたまま。
昼過ぎに一旦グレイシアの元へ挨拶に行き、
再びここへ戻ってきた頃にはもう外は夕暮れの赤に染まりつつあった。
「相変わらず意識はなし、か」
「はどこへ行っていたのでしょうか…」
「さあな…」
後ろに控えている中尉が僅かに眉を顰めている。
滅多に表情を変えない彼女にしては珍しい事なのだが、それもその筈、
の身体の至る所が包帯やガーゼで覆われているからだ。
見える部分だけでも結構な数。
頬に薄手のガーゼを始め、腕や首にも包帯が巻かれており、
服やシーツに隠れている部分にも沢山の傷があるという。
医者の話によると、傷自体は深くも浅くもないが数が多く出血量が多かったらしい。
更に、首は強く絞められたらしく手形の痣が残っていると聞いた。
首に痣というのは前にもあったが、その時とは全く以って別物なんだろう。
しかし、とっくにもう眼が覚めても良い状態だというのに、
それでも昏睡状態が続くのは原因がわからないと言っていた。
セントラルに来て自分の目で見た現状に、私は目を閉じて小さく息を吐いた。
ふとサイドテーブルを見ると、発見された時の所持品らしい物が幾つか置かれていた。
「銀時計…ネックレス…チョーク?…それと研究手帳…」
チョークに若干の疑問を持ちつつ手帳を手にとってぱらぱらと捲ってみると、
書き込まれている最後のページにその異変はあった。
「これは…!」
描き込まれた錬成陣が淡く光を零している。
記号や文字や線の数が多い、かなり複雑な錬成陣だ。
「まさか…発動を続けているのか?」
「どういう類の錬金術なんですか?」
「待て、見てみる」
相変わらず光り続ける錬成陣を隅から隅まで読んでいくのだが、
読めば読む程にそれは信じられない結果を出してくる。
「っ、が消えたのはこの所為だったらしい…これは時空を越える為の錬成陣だ」
「!?」
「身体は戻ってきたが、意識は何処かへ取り残されたままという事だろう…」
「そんな…!」
手帳をサイドテーブルへ叩き付けた。
手帳に錬成陣を描くのは危険だが、
対価が揃わなければ発動しないと分かっていては描いたのだろう。
「くそ…何故これが発動する?対価は?こんな大がかりな術、どこから対価を…!」
どうして。
何故こんな事になってしまうんだ。
ヒューズも、も、一体誰が…!
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御題の「君はふいに振り向いて私に」と僅かにリンクしてます。
手帳に書いてあった時空間の移動についての理論とかを、
「君はふいに振り向いて私に」でちゃんはちょっと考えてます。