願っても
願っても
それは叶わない
だからこそ私は…
急に思い立ったように資料室へを連れて向かったヒューズ。
何者かと争った形跡のある資料室は書類が床に散らばっていた。
室内から廊下へと血痕が残され、次に向かったのは所内の電話口だったが、
肩を怪我したヒューズは結局ここで電話をかける事なくそのまま外へ出たらしい。
その際は連れていなかったと聞いたので、
恐らくヒューズを逃がしては資料室に敵と一緒に残ったという事だろう。
は上手く攻撃かわしてヒューズを守るべく再び合流。
ヒューズの現場から離れた所でが見つかったとなると、
ヒューズを先に行かせ、が追ってきた敵の相手をしたのだろう。
あいつは自分だけ逃げるような奴ではない。
敵をに任せた時点で、ヒューズはの考えと想いに気が付いていたという事だ。
軍法会議所で何かに気付き、所内で通信できたものをわざわざ外に出て私と通信を取ろうとした…
東方司令部の電話交換手は「軍がやばい」というヒューズの言葉を聞いている。
なんだ…あいつは何を伝えようとした?
軍が崩壊するような事態でも進んでいるとでも…?
ヒューズとの行動を追って最後に辿り着いた電話ボックス。
自分の目で確かめてきた物を整理している私に、不意に後ろから声が掛かった。
「大佐」
振り向けばそこに、副官と…
「アームストロング少佐をお連れしました」
大通りから外れた場所でアームストロング少佐から話を聞く。
少佐ならば何かを知っているかもしれない、と思っていた私の心情をわかっていてくれて、
彼はすぐに核心をついてくれた。
「中佐を殺害したと思われる者達の目星はついております」
「ならば何故さっさと捕らえない!!」
「目星はついておりますが、どこの誰かもわからぬのです」
「どういう事だ。詳しく話せ」
目星はついているのに、誰かわからないというのはおかしいだろう。
しかし少佐はすぐに首を振り、できません、と一言だけ言った。
「大佐である私が『話せ』と言っているのだ。上官に逆らうと言うのか!」
「話せません」
やはり少佐はそれだけ言って口をつぐんだのだが、
そこでふと気付いた少佐の言葉のニュアンスに、私は一旦退く事にした。
「…わかった。呼び出してすまなかったな。もう行って良いぞ」
「はっ」
歩き出した少佐の後姿を見送っていると、不意に少佐が立ち止まり、
私達に背中を向けたまま口を開いた。
「…そういえば我輩言い忘れておりました。
数日前までエルリック兄弟が滞在しておりましてな」
「!…エルリック兄弟が?」
「そう…エルリック兄弟です」
「彼らの探し物は見つかったのかね?」
私は軽く口角を上げながら再び少佐に問いかけると、
少佐は私たちを少し振り返って肩を竦めてみせた。
「いいえ、なにしろその探し物は伝説級の代物ですので」
「そうか、ありがとう」
「…これといった情報は得られませんでしたね」
「いや、まったく少佐はお人好しだ」
「?」
「『ヒューズを殺害したと思われる者達』という事は、相手は複数…
ひょっとすると組織で動いている者達…
『大佐である私の命令であろうと言う訳にはいかない』という事は、
私以上の地位のものが少佐に口止めしているという事…軍上層部がらみと考えて良いだろう。
そして『エルリック兄弟の探し物』…すなわち賢者の石だ」
「あ……軍上層部にかかわる組織と賢者の石とヒューズ中佐…いったいどんなつながりが…」
「さぁな。私にもさっぱりだ」
がしがしと上げていた前髪を無造作に戻していると、一瞬の姿が脳裏に浮かんだ。
葬儀後、また病院に戻った彼女の姿が。
「ヒューズが何を知ったのかはも本当に知らないと言っていた。
聞く前に自分はやられてしまった、と。
だが、犯人については恐らくにも上層部からの口止めがされていたんだろうな」
「でも犯人を話せないというのは、それが原因ではないのでしょう?」
「あぁ…口止め以上に、私達の事を思って何も話さないんだ。
そんな彼女から無理に聞き出すわけにいかないからな。
元の世界での存在を差し出してまで、私達の事を思ってくれている…」
「親や友人や世界からまでも存在を消してくれと言った時、はどんな気持ちだったんでしょう。
気持ちが大きすぎて、わかってあげたいと願ってもわかってあげられないのが現実ですね…」
昨日、中尉を呼び戻してから、は錬成陣の消えた手帳を見ながらゆっくりと話してくれた。
ここに来てから元の世界のことを気にし続け、
理論を組み立てて対価さえ揃えば術が完了する状態にしていた事。
あの錬成の対価は元の世界での存在だという事。
存在を差し出すことで、元の世界では誰も何も知らずに済むという事。
向こうでの自分の存在を消したことで、どこか重かった気持ちが軽くなったという事。
強がっているのはすぐにわかった。
でもは笑って言ったのだ。
これで良かったのだ、と。
生まれてから過ごした世界を捨て、親の中からも自分の存在を消してほしいと望んだ時の想い。
「わかってあげられない―――…だから私は支え続けていくのさ」
「だがこのままで済むものか。もうじき私はセントラルに異動になる」
「あら、おめでとうございます」
「渡りに舟とはこの事だ。上層部を探って、ヒューズを殺した奴を必ずいぶり出してやる」
「公私混同とは貴方らしくないですね」
「『公』も『私』もあるものか」
今まで私を支えてくれたヒューズの為にも、全てを守ろうとしてくれたの為にも。
「大総統の地位をもらうのも、ヒューズの仇を討つのも、全て私一個人の意思。
上層部に喰らい付くぞ。付いてくるか?」
「何を今更…」
今の自分の格好を改めて見直せば、肩に掛かる喪章や膝丈の青い上着。腰に携帯したサーベル。
制帽はベッドに投げ出されている。
式典や葬儀の際、左官以上は正装での出席が義務付けられていた。
自分の肩に掛かる喪章をそっと撫で、軽く握り締める。
「もう着ける事がありませんよう…」
視線を上げた瞬間それは飛び込んできた。
それはいつの間にか開けられている窓枠に、優雅に足を組んで座っている。
黒い髪、露出の高い黒い服、足の刺青。
深い闇。
「エンヴィーッ…!」
「や、こんにちは」
「何しに来たのよ!」
「えー、何って…」
エンヴィーは窓枠からひょいと降りて、あたしの方に歩いてきた。
睨みつけるのを気にもせず、目の前まで来てあたしを覗き込む。
「怪我の具合どうかなって」
「嘘ばっかり…!」
「嘘じゃないんだけどなー。まぁ別の用事も兼ねてるんだけどね」
にやりと笑ったエンヴィーがあたしの頬の傷に指を這わせると、
軽い痛みが脳内を走り抜け、彼の手が自分に触れているという不快感にその手を強く払いのける。
エンヴィーは軽く肩を竦ませた。
「今後、僕達の事を焔の大佐に話しちゃおうかなぁって予定はあ――
「あんたには関係ない…」
「あははっ。話せるワケないか〜」
「!?」
「優しすぎるってのは損だよねぇ」
笑いながらエンヴィーが再び窓の方へ歩き出し、窓の前で振り返って言う。
とても楽しそうに。
「君が人柱で、焔の大佐に話せないとわかってたからあの時生かしてあげたって事、忘れないでね」
「っ…」
「これからも宜しくね、朧のお嬢さん。命は大切に」
最後を嫌に強調する。
エンヴィーはこの2階の窓から外へと消え、あたし一人になった病室に再び静寂が訪れた。
命は大切に、なんてあんたが言える言葉じゃないでしょうが。
← →
アップが遅くなってすみません…