こんこん
やや控えめに感じるノックの音に、リザが返事をした。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
ゆっくりと開いたドアの向こうには男が一人立っていた。
ドアから一歩前へ出たその男にリザが用件を尋ねると、
男の掲げた手には青い小さな球体の石と、シルバーのプレートのついたネックレス。
「よく見たら石の中に錬成陣があったので、
ここで錬金術を使う女性と言ったら少佐ではないかと思って来ました」
リザが石の中を覗くと、確かに錬成陣を象ったプレートが浮いている。
「確かに可能性は高いわね…わざわざありがとう。私が聞いておきます」
男はにこりと微笑んでリザの手にネックレスを静かに置くと、軽く会釈をして部屋を後にしようとした。
それを慌ててリザが呼び止める。
「あなた、名前は?」
「いえ、名乗る程の者じゃないですから。
少佐に先程はありがとうございましたとお伝え下さい」
「…?」
リザが軽く首を傾げる中、男は扉の向こうへと消えていった。
遠のいていく足音が消えたのを確認すると、ハボックが一番に口を開いた。
「何か今のヤツ…絶対大佐みたいなタイプっスね」
「ぶっ。確かに言えてるかも」
例のネックレスを一目見ようと、いつものメンバーがリザの方へ集まってきた。
「うわー…凄くきれいな石ですね」
「錬成陣、すっげー細かいな」
「こっちのプレートには何が…これ、見た事ありますね」
ファルマンの言葉に、石に集中していた視線がプレートへ移動した。
そのプレートには蛇が十字架に磔にされ、その上に王冠と羽根が浮かんでいる紋章が刻まれている。
「…! エドワード君だわ」
「「「「あ」」」」
リザ以外の全員、一瞬浮かんだ想像にたらりと汗を流した。
ハボック、ブレダ、ファルマン、フュリーは顔を見合わせる。
「まさか…なぁ?」
「ちゃんはそんな事…」
「するわけないでしょう」
リザが一刀両断した。
呆れ顔で溜息を吐く。
「全くあなた達…がそういう子ではない事位わかっている筈よ」
「…それはわかってますけど」
「そうだよな…がエドと大佐と二股かけてるなん―――
「そんな事を言うのはどの口かな?」
ハボックの後ろから突然掛かった声に、全員がバッと視線を向けた。
そこには渦中の人物の恋人に当たる男が立っていた。
顔を一瞬で真っ青にした男性陣は、瞬時に逃亡を開始。
ある者は本棚の上へ。
ある者は机の陰へ。
ある者は部屋の隅へ。
しかし、ただ一人逃げ損ねた者も居た。
その逃げ損なった者は、にっこりと笑顔を浮かべた男にガッチリと腕を掴まれ、
その真っ青な顔に発火布まで突きつけられている。
その時。
勢いよく扉が開き、入ってきたはリザに抱きついた。
突然の事に驚いたリザだが、小さく聞こえた嗚咽を聞き、あやす様にの背中を優しく撫でた。
「?」
「ひっく…っ…無いんですっ」
その言葉にロイ以外の全員が顔を見合わせた。
「もしかして、これの事かしら?」
顔を上げたの目に飛び込んできたのは、まさに探していた物。
明らかに変化したの表情を見たリザは、の手にネックレスを静かにのせた。
それをきゅっと握りしめてはまだ涙を零す。
「っ…良かった…」
「さっき男の人が届けてくれたのよ。
名前は教えてくれなかったけど、『先程はありがとうございました』って言ってたわ」
「あ…あの人。さっきぶつかった時に書類落としたのを拾ったんです。
多分ぶつかった拍子にこれも落としたんだと…」
「そう…良かったわね。
それで、ホッとした早々悪いんだけれど、事態の収拾をお願い出来るかしら…」
が周りを見渡すと、本棚の上にブレダ少尉。
机の陰にファルマン准尉。
部屋の隅っこにフュリー曹長。
極めつけは、ロイに発火布を突き付けられているハボック少尉。
「み、みんな何をして…」
「特に大佐は危ないから、そのネックレスの紋章について説明をお願いするわ」
「紋章?あ…フラメルの十字架の事ですか?」
ぞろぞろと戻って来た者達が、の手にあるネックレスを再度覗き込んだ。
「これ、師匠の紋章なんです。別れ際に貰ったんですよ」
「「「「師匠?」」」」
「は試験の後1週間程修行に行っていたんだよ」
「へぇ…だから大佐の機嫌が悪かったんスか」
ぽつりと小さく呟いたハボックの言葉を聞き逃す訳は無く、
再び黒い微笑みを浮かべながら発火布を見せるロイ。
「あーイヤ…そうだ!修行は捗ったのか?」
話を逸らしたハボックだが、その逸らした先が悪かったらしく、
はびくりと肩を揺らし、顔色が瞬時に変わった。
挙げ句の果てに自分を抱きかかえる様にして震え始めたのだ。
尋常ではないその様子に、振った自分が悪いのかとハボックが声を掛けた。
「い、いや…言いたくないなら良いぞ…」
「す、すみません…
でも、師匠は強くて、厳しくて、格好良くて、凄く優しい人なんです」
そうは言ってもの様子を見る限り、修行の厳しさは常識では考えられない程らしかった。
「もしや、の師匠とエルリック兄弟の師匠は…」
「うん、同じだよ」
ロイの執務室、来客用のソファーに2人並んで座っている。
良いソファーはやはり広いが、あたしとロイは左右を空けて真ん中に座っていた。
「そんなに強いのなら、是非とも手合わせ願いたいものだな」
「…い、行くなら一個師団全滅する位の覚悟で…ね?」
冷や汗を流しつつ目線を逸らしたに、ロイまでも冷たい汗が背中を伝った。
「だが…は渡さんぞ…!」
「え?」
きょとん、とした表情を浮かべてロイを見た。
もしかして。
「もしかして…師匠の事、男の人だと思ってる?」
「! 違うのか!?」
「もしかして…やきもち?」
「っ、それは…」
ロイの焦った表情に、あたしは嬉しくなった。
珍しく顔を赤くしたロイがそっぽを向く。
あたしは嬉しさに顔を綻ばせ、こつりとロイに寄り掛かった。
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ネックレスは大切な物。
ロイは大切な者。